弘前大学による福島県浪江町復興支援 プロジェクトの概要 床次 眞司

弘前大学による福島県浪江町復興支援 プロジェクトの概要 床次 眞司
引用
1. は じ め に
弘前大学では 2011 年 3 月 11 日に発生した震災以前よ
り,大学院保健学研究科(以下,保健学研究科)におい
て「緊急被ばく医療支援人材育成及び体制の整備(平成
20 年度~平成 24 年度)」,「緊急被ばく医療の教育・研
究体制の高度化及び実践的プログラムの開発(平成 25
年度~平成 29 年度)」を実施している。また,被ばく医
療総合研究所を中心として「被ばく医療プロフェッショ
ナル育成計画(平成 22 年度~平成 26 年度)」を実施し
ている。これらプロジェクトの詳細は本誌においてもす
でに紹介しているので1, 2),ここではその詳細について
は割愛する。
東日本大震災に伴う,東京電力福島第一原子力発電所
事故(以下,福島原発事故)以降,弘前大学被ばく医療
総合研究所では,保健学研究科,大学院医学研究科及び
医学部附属病院との協力の下,福島県民に対する汚染ス
クリーニング検査,避難者による警戒区域への一時立
ち入りなどの支援のみではなく,環境放射線調査など
の研究活動を実施してきた1~5)。これらの活動を通じて,
2011 年 9 月 29 日に弘前大学は福島県双葉郡浪江町(以
下,浪江町)と連携協定を結んだ(第 1 図)6)。この協
定の目的は,弘前大学と浪江町が相互に密接な連携と協
力により,地域の課題に迅速かつ適切に対応し,活力の
ある個性豊かな地域社会の形成と発展に寄与することで
ある。実際には以下に示す五つの分野に対して連携・協
力を行うこととなっている。
1)除染を含む環境改善に関すること
2)教育及び人材育成に関すること
3)文化の育成・振興に関すること
4)健康づくり・医療・福祉に関すること
5)その他前条の目的を達成させるために必要と認める
こと
これらの目的を達成させるため,弘前大学放射線安全
機構の下に福島県浪江町復興支援プロジェクト(主査:
床次眞司)を設置した。このワーキングループには被ば
く医療総合研究所や保健学研究科のみでなく,農学生命
科学部,大学院理工学研究科,北日本新エネルギー研
究所,白神自然環境研究所から教員が集まり,月に 1 回
程度各部局が実施している課題に関する進捗状況を報告
し , 情報を共有している。また,2012 年 8 月 1 日には浪
江町津島地区の南津島上集会所に弘前大学浪江町復興支
援施設を設置した。さらに,2013 年 7 月 1 日は福島県
二本松市にある浪江町役場内に弘前大学浪江町復興支援
室を設置するとともに常勤職員を配置し,町民の放射線
や健康に対する不安などの解消に努めている。
本稿では,浪江町支援へとつながるきっかけとなった
弘前大学の福島原発事故後の初期活動内容について紹介
する。さらに,浪江町復興支援において特にわれわれが
深く関わっている「教育及び人材育成に関すること」を
紹介するとともに,当学会員からさまざまな意見を聞く
ことで今後の復興支援活動に還元していきたいと考えて
いる。

2. 人と環境に対する放射線影響に関する取り組みの
中で感じたこと
2.1 「被ばく状況調査チーム」の活動
弘前大学は文部科学省の要請を受け,福島原発事故直
後の 2011 年 3 月 13 日に放射線安全機構は会議を開き,
教職員の福島県内への派遣を決定した。派遣の目的は住
民の汚染スクリーニング検査への協力であった(後に,
20 km 圏内避難者の一時帰宅支援も実施した)。そこで,
弘前大学は遠藤正彦前学長の指示の下,「被ばく状況調
査チーム」を結成し 2011 年 3 月 15 日に第 1 次隊を派遣
した。この名称に至った経緯は,文部科学省の要請によ
る汚染スクリーニング検査を単に実施するのではなく,
わが国初の原子力災害において後世に残すべくデータの
収集も行うことを使命としたためである。
この派遣では,床次と細田を含む放射線を専門とする
教員 4 名,被ばく医療について十分な知識と経験を持つ
看護系教員 2 名,医学部附属病院の診療放射線技師 2 名
及び大学事務職員 6 名の合計 14 名が 1 つのチームとし
て構成された。後で分かったことであるが,この人数と
構成(放射線の専門家,看護師,事務職員)で支援に携
わったのは弘前大学のみであったようである。特に事務
職員がチーム内にいることは,われわれが放射線対策に
専念でき,効率的に活動を展開できた。
事前に,ガソリンスタンドが機能していない,食事を
とる場所がない,宿泊施設の確保は各自で行うこと,校
正された自前のサーベイメータを持参することなどの情
報を得ていた。そこで 13 日以降,関連部局の教職員に
よって食事や寝袋も含め,足りないものは学内でかき集
めた。当時は弘前市でも停電が続いており,店の機能は
停止していた。このような状況の中で,これらの準備に
多くの大学事務職員の協力を得た。このような準備を経
て,15 日に弘前大学を出発し東北自動車道の花輪サー
ビスエリアで休憩をしている時に原発建屋での水素爆発
の情報が大学本部から入った。床次を残す 13 名は大学
待機を命ぜられ,やむなく弘前へと引き返すこととなっ
た。床次は花輪サービスエリアで待機し,遅れて現地に
向けて弘前を出発した大学院医学研究科救急医学講座の
チームと合流し,福島市内の災害対策本部へと向かった。
翌日 16 日の午前中には,床次より他のメンバーへの
連絡があり,仙台以降で急激に空間線量率が上昇し,福
島市内でも 20 ȝSv/h を超えていることが知らされた。
この情報を受け,大学独自で福島県内の支援に向かおう
とした矢先に,文部科学省より再度福島入りの要請を受
け,13 名は災害対策本部へと向かうこととなった。以降,
弘前大学では 2011 年 7 月 28 日(第 20 次隊)まで「被
ばく状況調査チーム」として延べ 82 人を福島県内へと
派遣し,5,000 人以上の県民の汚染スクリーニング検査
を実施した(第 2 図)。さらに,20 km 圏内避難者の一
時帰宅支援として,医師,看護師,放射線専門家及び事
務職員で構成された延べ 11 チームが 5 月下旬から 8 月
上旬までの期間にわたり派遣された。
2.2 環境放射線調査の実施
1)事故直後の弘前大学の設備
弘前大学は事故以前より被ばく医療に取り組んでい
たものの,放射線関連の測定器は GM サーベイメータ,
NaI(Tl) シンチレーションサーベイメータと個人被ばく
線量計しかなかった。また,医学部附属病院に設置され
た高度救命救急センターには被ばく医療施設があり,甲
状腺モニタやホールボディカウンタのみでなく,3 イン
チの NaI(Tl) シンチレーションスペクトロメータも所有
していた。本来は患者に対して使用することを前提とし
て購入されたようであったが,当時の教授の理解によっ
てわれわれは環境放射線測定のために借用することがで
きた。このスペクトロメータに加え,所有していた計数
値表示の 2 インチの NaI(Tl) シンチレーションサーベイ
メータも使用した。これは波高分析器に接続すればスペ
クトロメータとしての機能もあり,事前に多地点におけ
る Ȗ線波高分布の測定によって計数値から空気吸収線量
率への換算係数が与えられていた。とはいえ,正直なと
ころ環境放射線及び放射能測定を行うには必ずしも十分
な装備ではなかった。

2)走行サーベイによる空間線量率の経時変化

3 月 15 日に弘前大学を出発するにあたり,われわれ
が所有し装備可能な装置で最大限の事をするべきと考
え,まずは車内において空間線量率の走行サーベイを実
施することにした。同時に,チーム全員に個人被ばく線
量計を配布し,毎日朝晩のデータを記録してもらうよう
にした。これらのデータから支援スタッフの被ばく線量
評価をするためであった。
実際に走行サーベイは 3 月 16 日 14 時 26 分の出発
と同時に開始した。主として 1 インチ及び 2 インチの
NaI(Tl) シンチレーションサーベイメータを用いて,ノー
トに 1 分ごとのデータを記録した。1 インチのサーベイ
メータの値は同時測定によって 2 インチでの値へと換算
した。さらに,空間線量率データの記載と同時に周辺の
状況や地名も記録を行うように心がけた。走行サーベイ
による値は車内での値であり,車の車体によって Ȗ線が
遮蔽されるため,途中の休憩の際に車内と車外の値を比
較し,後で補正することで地表面から 1 m の高さにお
ける車外での空間線量率に換算した。走行サーベイは,
災害対策本部に到着(22 時 40 分)するまでの 8 時間以
上にわたって継続した。走行サーベイはその後,4 月 11
日にも実施し 3 月 16 日の結果と比較した結果,岩手県
南部の空間線量率が上昇していることが確認された。こ
の結果の信憑性を確認するため,われわれは 4 月 25 日
にも再度同じルートを走行した。これらの結果につい
てはすでに報告している7) ので詳細については割愛する
が,後に報告された放射性プルームのシミュレーション
結果を支持する実測データとなった。論文発表当時は福
島事故関連の内容で論文を出すことは,被災者の心情を
考えたら罷り通らぬといったような雰囲気さえあった。
このような緊急時だからこそ,専門家によって得られた
貴重なデータが第三者による科学的かつ客観的な審査を
受け,日本国内のみでなく世界に向けてわが国から積極
的に発信していくことが重要ではないかと思う。
原子力災害においてまず放射線被ばくの状況を把握す
るためには,走行サーベイによる空間線量率の分布状況
を把握することが大切であると思われる。さらに,それ
を継続的に実施することで放射性プルームの挙動につい
ての情報を得ることもでき,シミュレーション結果と照
合することでより正確な情報を国民に提供することに繋
がると考えている。われわれが実施している手法はスペ
クトロメータによる較正を除けば,放射線関連のどの施
設でも簡単に実施できる方法である。緊急時には較正は
後で行うとしても,簡便な方法により,迅速に行動する
ことがその後の対応を決定する上でも重要であろう。

なお,走行サーベイは浪江町内でも実施し,その結果
は航空機観測などの結果と同様な傾向であった。また,
この調査で作成した空間線量率分布図は浪江町役場に提
供した。
3)環境試料の採取と放射能測定
2011 年 3 月 17 日の朝,災害対策本部に出向き支援先
が伝えられた。そこで,われわれは汚染スクリーニング
検査を実施した。同時に支援先において,核種分析の
ために 3 インチの NaI(Tl) シンチレーションスペクトロ
メータを用いて Ȗ線波高分布を取得したとともに,土壌,
植物,水試料の環境試料の採取を行った(第 3 図)8, 9)。
さらに,乾電池駆動型ミニポンプにタイゴンチューブを
介して 47 mmφのセルロースフィルタを接続し,汚染ス
クリーニング検査会場内外の大気を採取した9)。残念な
がら当時は活性炭繊維ろ紙を所有していなかったため,
放射性ヨウ素のガス成分の採取はできなかった。正直な
ところ,当時のわれわれは土壌採取に関して小さなショ
ベルしか持っておらず,したがって土壌採取範囲を正確
に決定した後,その範囲内の表層土壌をショベルで採取
するという方法しかとることができなかった。実際に
「環境試料採取マニュアル10) に基づかないデータには意
味がない」,「いい加減なサンプリング方法である」とか
「なぜコアを抜かなかったのか」と言った批判も受けた。
しかし,果たしてあの切迫した雰囲気の中でマニュアル
に基づいた採取できるのでろうか?では,事故直後の数
日間の間に誰がそのような採取を行ったのだろうか?わ
れわれはマニュアルに基づいた採取を行うことは重要で
あることは当然理解しているが,何よりも短寿命の放射
性核種をより迅速に評価し,住民の被ばく線量評価につ
なげることの方が重要であろうと思っている。当時の最
大限実施可能な採取方法を明示し,その採取方法がマ
ニュアルに基づいた手法による結果とどの程度異なるの
か(誤差評価も含めて)を後で実験的に確かめ,取得し
たデータをいかに生かすことができるのかを考えること
こそ,環境放射能研究に携わる研究者の務めではないだ
ろうか。装備が十分でなければマニュアルに基づく試料
採取ができない(やらない)という主張は原子力災害に
おける緊急時には通用しないだろう。このような地道な
調査活動の積み重ねや経験を基に緊急時マニュアルはよ
り現実的なものとして改訂すべきであると考えている。
また,弘前大学には放射線影響研究を専門としている教
員が多いが,採取後の環境試料の前処理や測定試料作り
には専門を問わず協力できる体制ができていた。また,
当時は高純度 Ge 半導体検出器を所有していなかったた
め,近隣の環境科学技術研究所など,いくつかの関連機
関の迅速かつ熱心な協力によって測定が実施できた。こ
のような緊急時には人的なネットワークが強力な支援と
なり,その重要性を感じた。また,いざという時のネッ
トワーク構築も重要であろう。
現在では,浪江町を流れる請戸川流域の河川水及び山
間部における大気中エアロゾル粒子を採取し,それらに
含まれる放射性セシウムの放射能を経時的に評価してい
る11)。また,放射性物質の環境動態は,降雨や風などの
気象条件の影響を受けるため,気象データを用いた放射
性セシウムの環境影響評価も行っている11)。
2.3 ヒトの被ばく線量評価
3 月 15 日に派遣された第 1 次隊メンバー以降,第 20
次隊に至るまで個人被ばく線量計を装着し,継続的な
データの取得を行った。「被ばく状況調査チーム」は基
本的に月曜日に大学を出発し,火曜日から木曜日まで支
援作業を行い,金曜日に大学に戻り引き継ぎを行うとい
う手法をとった。個人被ばく線量の継続的な測定結果
から事故直後の 1 次隊の最大積算線量は 100 ȝSv 程度で
あったものの,3 月下旬以降は支援活動に伴う積算線量
は約 20 ȝSv 程度であることが分かった12)。特に派遣さ
れた事務職員は放射線被ばくに対する不安が大きかった
ように思うが,これらの実測結果を適宜報告し,放射線
の専門家と看護師が不安に対して話を聞くようにしたこ
とから,彼らの不安は幾分解消されたようであった。さ
らに学内での支援状況報告会を実施することで,後に出
発するチームの不安解消にもつながった。
このような支援活動を継続している中で多くの住民が
どの程度の被ばくをしているのか,詳細な情報を持って
いない状況にあることが分かった。そのような状況の中,
床次は鹿児島大学大学院の秋葉澄伯教授より住民の甲状
腺被ばく調査の実施の可能性について連絡を受けた。わ
れわれは自然環境放射能を中心とした研究を行ってきて
はいるが,甲状腺被ばく線量調査を実施した経験はもち
ろんなかった。そこで,電子メールを通じて内部被ばく
線量評価の世界的な第一人者であり,以前より共同研究
を通じて親交のあったニューヨーク大学のナオミ・ハー
レー教授に連絡し,その手順と評価方法について指導を
受けた。併せて弘前大学大学院医学研究科倫理委員会へ
の申請も行った。ハーレー教授によれば,Ȗ線スペクト
ロメータがあれば甲状腺中の放射能測定は何とかなるこ
とが分かったため,早速大学長の許可をとった。
秋葉教授にも協力を依頼し,当時もっとも汚染がひど
かった地域の一つであり,多くの住民が避難を強いられ
ている浪江町津島地区にわれわれは 2011 年 4 月 11 日に
向かった。翌日の 4 月 12 日には甲状腺被ばく線量調査
を実施した13)。正直,浪江町の土地勘もなく知り合いも
いない状況であったので,手あたり次第人が住んでいる
家屋を回った。この時期はまだ町民全員が避難しておら
ず,自宅に残って生活をしている家庭もあった。最初に
調査協力をして頂いた夫婦からの紹介によって甲状腺被
ばく線量調査を拡大していった。中には,母親と子供だ
けが浪江町外に避難しており,一時的に津島地区に戻っ
てきている方もいた。この家族にも甲状腺被ばく線量調
査の依頼をしたが,放射線測定器を持った男性のみの集
団に対して抵抗感があったのか,測定の了承を得ること
ができなった。このような調査では,たとえば保健師(も
しくは看護師)のような資格を持った女性が同行するこ
とで,緊張感が緩和できたのかもしれない。結局,4 月
15 日までの 4 日間で 17 名の成人に対して調査を実施す
ることができた。
当時,「被ばく状況調査チーム」は福島市内の同じホ
テルに毎回宿泊をしていた。このホテルでは南相馬市か
らの避難者も宿泊していた。4 月 16 日の朝,ホテルに
宿泊している避難者の 1 人から弘前大学の活動内容につ
いて質問された。政府によっていわき市,川俣町,飯舘
村に住む 15 歳以下の子供 1,149 名に対して甲状腺スク
リーニング調査を実施したことは新聞などによって避難
者もよく知っていた。さらに話を聞いてみると,成人に
対して甲状腺スクリーニング検査を実施しないことに強
い不安を感じているようであった。われわれが浪江町内
で甲状腺被ばく線量調査を実施したことを伝えると,こ
のホテルへの避難者に対しても測定をしてほしいと依頼
された。そこで,ホテルを通じて南相馬市役所に確認を
したところ,住民の希望があれば弘前大学の責任の下に
調査を実施しても構わないとの回答であった。その回答
を受け,床次は大学の許可をとり南相馬市からの避難者
に対する甲状腺被ばく線量調査を実施した。調査に先立
ち,朝食会場において床次と秋葉教授による事前説明を
行い,希望者を募った。この調査の問題の一つとして,
バックグラウンドレベルが低い場所を探すことであっ
た。幸いにも,われわれが宿泊していたホテルにはカラ
オケ施設があり,防音のためホテル入口から離れた場所
にあり,かつ壁が厚くバックグラウンドは 100 nGy/h 以
下と自然放射線レベル程度と低かった。そこで,カラオ
ケ施設を調査会場として乳幼児を含む 45 名に対して調
査を実施した(第 4 図)。その後,秋葉教授により,チェ
ルノブイリ原発事故における線量評価の責任者であっ
た,ロシア・サンクトペテルブルグ放射線衛生研究所の
ミハエル・バラノフ教授を紹介して頂き,線量評価に関
する指導を受けた。この一連の調査結果より,小児と成
人の甲状腺等価線量の最大値は,それぞれ 23 mSv 及び
33 mSv であると評価され,チェルノブイリ原発事故に
よる避難者の平均値である 490 mSv と比べて遥かに低
い線量であることが実測によって確認された13)。当初の
計画では 100 名以上の調査を予定していたが,諸般の事
情によりそれは不可能となった。見ず知らずの研究者が
自治体からの理解を得る,許可を得ることの難しさを痛
感した。われわれは自治体の協力がなければ個人的に調
査を拡大することには限界を感じていたこともあり,結
局この調査は 62 名で終わることとなった。迅速に実測
を行い,その結果に対して第三者を交えて客観的に評価
し,それを正しく住民に伝えることこそ,原子力災害に
おいて重要なことではなかろうか。残念なことに,客観
的な評価に耐えうる住民に対する甲状腺被ばく線量の実
測結果はわれわれのデータのみであった。
Ȗ線スペクトロメータを所有している放射線関連の施
設は少なくないはずである。つまり,甲状腺モニタは重
量があり移動が困難であるため詳細な調査が実施できな
いということは理由にならない。放射線計測に携わって
いる研究者,技術者であれば Ȗ線スペクトロメータが一
台あれば,このような調査はできることは容易に想像が
つくであろう。また,事故後はバックグラウンドが高い
から詳細な測定ができないということも理由にはならな
い。研究者としてどのようにしてバックグラウンドを低
減させることができるのかと考えること,そして,バッ
クグラウンドが高かったとしても検出下限値がどの程度
であるのかを評価し,線量評価の結果を住民に知らせる
ことが重要なのではなかろうか。
事故直後には 131I のみではなく短寿命核種である 132Te
や 132I も検出された。もし,事故直後に甲状腺被ばく線
量調査を実施していたら,NaI(Tl) シンチレーションス
ペクトロメータのエネルギー分解の悪さから,これら短
寿命核種が 131I の妨害ピークの一つとなり,線量評価の
妨げになったのかもしれない。われわれの調査は事故か
ら 1 か月後であり,短寿命核種による 131I のフォトピー
クに対する妨害を受けることなく評価することができ
た。もう少し時期が遅ければ 131I のピークは検出されな
かっただろう。調査を実施した時期は,偶然ではあるが
131I のみを NaI(Tl) シンチレーションスペクトロメータで
効率よく測定するのによいタイミングであったと今更な
がら考えている。さらに,われわれの調査では一部の避
難者の波高分布に放射性セシウムのフォトピークも観測
され,134Cs と 131I の放射能比を求めることに成功した。
この結果を浪江町民が実施しているホールボディカウン
タによる内部被ばく検査の結果に反映させ,2,393 名の
131I による甲状腺等価線量を推定することが可能となっ
た。この調査には浪江町役場の全面的な協力の他,放射
線医学総合研究所や日本原子力研究開発機構の協力を得
た。その結果,最大でも 18 mSv 程度であると評価され,
直接測定した結果と比較的良い一致が認められた14)。こ
の手法の精度はさらに検討する必要があるが,初期デー
タを取得しておくことで , より大規模な線量評価につな
がると考えられる。
しかし,現在でも残された課題として 132I の甲状腺等
価線量に対する寄与が不明な点である。バラノフらの報
告では,チェルノブイリ原発事故における 132I の寄与は
甲状腺等価線量の約 30% 程度であり15),甲斐らは,調
査人数は 4 人と少ないものの 2 倍程度の寄与があったこ
とを報告している16)。

3. 放射線の基礎教育に関する取り組みの中で感じた
こと
浪江町との協定の提携以降,放射線の基礎知識に関す
る講演依頼がくるようになった。そこで , 住民に対する
放射線リスクコミュニケーションの重要性を認識し,わ
れわれは日本原子力研究開発機構を訪問し,現地で対応
をしている職員から多くのことを学んだ17)。浪江町では
住民に直接対応する職員に対する正しい知識の普及が大
切であると考え,役場職員や診療所職員に対する講演が
定期的に実施されている(第 5 図)。同時に原発立地県
である青森県においても各市町村からの依頼によって職
員研修に講師として呼ばれ,放射線の基礎知識の普及に
努めている。その際,基本的に看護師の資格を持った教
員も同行し,必要に応じて健康相談を開催している。ま
た,講演前後では放射線の知識に関するアンケート調査
を実施することで参加者の理解度を,自由記載によって
ニーズを把握するように心がけている。たとえば,浪江
町民を対象に行った放射線の基礎知識に関する勉強会
(開催地 : つくば市,参加者:20 代から 80 代の教育職,
専業主婦など計 30 名程度(男女およそ同数))でのアン
ケートでは,『放射線・放射能・放射性物質』について,
およそ 7 割の参加者が「よく理解できた,もしくは理解
できた」という回答であった。また,『被ばくを低減す
る方法』,『環境への影響』,『人体への影響』,『年齢によ
る感受性』についても,それぞれ半数以上の参加者が「よ
く理解できた,もしくは理解できた」という回答であっ
た。『自由記述』については,「大変重要でもっと多くの
人に聞いてもらいたい」,「怖さから少し解放された気持
ち」「あまり神経質にならないように生活していきたい」
といっ

たコメントがあった。このように,これら勉強会
などの開催は住民の放射線被ばくに対する不安解消や理
解の促進につながっている。今後も継続的に講師などの
派遣を行うこととしている。
また,平成 25 年度の浪江町役場の全職員(155 名)
を対象とした「放射線の基礎知識に関する勉強会」での
アンケートでは,日常生活において放射線に対し不安や
疑問があると答えた方は 4 割であった。内容としては,
「ここにいてよいのか,安心なのか」,「住み続ける上で
健康被害はないのか」といった浪江町での生活をしてい
く上での不安を抱えている様子もうかがえた。しかし,
講演会を通じて新たに知ったことがあるかということを
聞いたところ,あるとした方が 6 割であった。新たに知っ
た内容としては,「世界には自然放射線による被ばく線
量が高いところがあり,そこに住んでいてもがんの発生
率は思っていたより低いことが分かった」「放射性物質
の特徴や影響,年齢により与える影響が異な

ることが分
かった」などといった内容が多くあり,講演会による知
識の普及は放射線に対する不安の軽減につながっている
と思われる。
勉強会とともに開催した健康相談ではストレスチェッ
クシートを配布し,相談者のストレス状況を自己チェッ
クする方法の紹介を行った。また,希望者には血圧測定
や問診などを行い,健康状態を把握するなどの支援を
行った。この時の相談者の人数は少なかったが,このよ
うな支援を継続的に行うことで,何かあった時に相談で
きる環境があるということが,今後も求められる活動で
はないかと思われる。
4. 他部局での支援活動の概要
ここまでは,被ばく医療総合研究所放射線物理学部門
が主として実施している浪江町復興支援活動について述
べた。簡単ではあるが,その他の部局による活動内容を
紹介したい。町の再生・復興支援の一環として,農学生
命科学部では除染植物としてネピアグラスを栽培し,そ
の除染実証試験を 2013 年 5 月より浪江町内の水田にお
いて実施している18)。
町民の安心・安全支援の一環として,保健学研究科で
は保健師の資格を持った教員を中心に健康相談を実施し
たり,理学療法士及び作業療法士の資格を持った教員に
よって健康講話と体操,籐細工などの活動支援を実施し
たりしている。さらに,高齢者に対するリハビリ支援に
ついても検討中である。2013 年 11 月より,放射線科専
門医及び臨床検査専門医の資格を持った教員と看護師の
資格を持った教員のグループによって,避難所における
避難者のストレス評価として尿中ストレスマーカ検査を
実施し,特にストレスの度合いが高い避難者に対しては
看護師による健康相談を実施している。さらに,今年度
からは環境省の受託事業として放射線リスクコミュニ
ケーションに関する事業が始まった。
被ばく医療総合研究所の放射線生物学部門では保健学
研究科の教員や他研究機関の協力を得て,福島第一原発
における 18 名の作業者の血液検査を実施した19)。さら
に , 浪江町民の染色体解析を 2013 年 1 月から 8 月にか
けて実施した。解析結果がまとまり次第,しかるべき報
告があるだろう。被ばく医療総合研究所の放射線化学部
門では,土壌や植物中の放射性核種濃度の評価20),海洋
及び河川へ流出した放射性セシウムや放射性ストロンチ
ウムの環境動態評価,放射性ストロンチウムの迅速分析
手法の検討などを行っている。
さらに,科学的知見の集積を目的として他機関との共
同研究も実施している。放射線生物学部門及び放射線化
学部門は放射線による野生動物への生体影響調査を浪江
町において東北大学と実施している21)。放射線物理学部
門は早稲田大学と浪江町内の森林生態系での放射性セシ
ウムの移行調査22),放射線医学総合研究所と放射性セシ
ウムや放射性ストロンチウムの土壌中での移行に関する
調査23, 24) を実施している。さらに,放射線物理学部門及
び放射線化学部門は,環境科学技術研究所と浪江町の河
川流域試料の核種分析,汚染物質の分布状況,汚染土壌
流出の影響の評価を実施している。
最後に,東日本大震災に伴う福島第一原発事故が発生
して 4 年が経過した。避難者の気持ちを考えると決して
風化させてはならないし,この事故によって得られた教
訓や新たな知見は後世に残していく必要がある。浪江町
民を含め多くの住民は未だ避難を強いられ,いつ帰還で
きるのかですら目途が立っていない。浪江町内主要部で
ある 20 km 圏内の放射性核種による汚染レベルは 20 km
圏外と比べても十分に低い。現在ライフラインの復旧作
業が行われているようであるが,完全に復旧するまでに
はまだ時間がかかるであろう。弘前大学では全学を挙げ
て引き続き浪江町に対する支援を続けていく方針であ
り,浪江町の復旧・復興が福島県全体の活性化につなが
るよう,地道な活動を継続していきたいと考えている。
是非,当学会員の皆様から,できる限り多くの意見を頂
き,今後の活動に反映させていきたいと思う。

謝 辞
復興作業で多忙の中,浪江町役場の関係者の皆様には
われわれの調査研究活動に対し理解頂き,多くの協力を
頂いております。また,遠藤正彦前学長,佐藤敬学長を
初めとし,弘前大学の関係者各位の助力及び多くの共同
研究機関の協力によって支援活動が進められておりま
す。記して感謝の意を表します。

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記録

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テーマ : 「原発」は本当に必要なのか
ジャンル : 政治・経済

ストロンチウム90 請戸川上流の土182Bq/kg イワナの骨から254Bq/kg  ぎょぎょぎょ

請戸川流域における福島第一原子力発電所事故に由来する 放射性ストロンチウムの空間分布
苅部甚一(茨城大学広域水圏環境科学教区研究センター) 引用
イワナ

研究成果概要
① 研究目的
2011 年 3 月の福島第一原子力発電所(原発)事故によって生じた陸水環境におけ
る放射性ストロンチウム(Sr)汚染実態の解明は遅れている.その原因の一つには,
放射性 Sr 分析法の難しさがある.そこで本研究では,簡略化・迅速化された新しい
放射性 Sr 分析法(Karube et al. 2016,Tazoe et al. 2016)を用い,放射性 Sr 濃
度が高いことが予想される福島県浪江町を流れる請戸川流域において,土壌,河川水
および魚類の放射性 Sr 濃度から原発事故に由来する放射性 Sr 分布について明らかに
することを目的とする.

② 研究方法
調査は福島県浪江町を流れる請戸川に流れ込む 4 つの支流(a,b,c,d,図 1)
とその周辺において,2016 年 4~11 月に実施した.なお,本研究では前年度(2015
年)に請戸川の各地点で行った調査の試料についても分析対象とした.また,放射性
Sr 汚染レベルの相対的評価のため,原発事故の影響がない青森県の 3 河川(e,f,g,
図 2)の渓流域でも同じ調査(2016 年 6 月)を行った.採取した魚類は骨を灰化後に
酸分解(王水,硝酸),土壌は灰化後に酸抽出(硝酸),河川水(30~40L)はキレー
トファイバー(MetaSEP CH-1,GL Sciences)による濃縮を行い,その後は各試料と
も固相抽出法による Sr 分離(Karube et al. 2016)もしくは Y 分離(Tazoe et al. 2016)
を行い,最終的に Y-90 のベータ線を低バックグラウンド 2πガスフローカウンター
(LBC,日立アロカメディカル)で測定し,Sr-90 の放射能を算出した.

③ 結果・考察
請戸川の調査地点における土壌中の Sr-90 は 5.1~182.0 Bq/kg dry を示した.特
に,請戸川上流域の一部地域(地点:b,d)で高濃度(51.2~182.0 Bq/kg dry)を
示した.一方,青森県内の調査地点の土壌(f,g)はそれぞれ 2.9,3.7 Bq/kg dry
となった.事故前の福島県内における土壌中 Sr-90 濃度は 0.2~20 Bq/kg dry 程度で
あることが報告されている(福島県 2012).従って,今回の結果からは原発事故以前
の濃度よりも高い地点(b,d)で原発事故に由来する放射性 Sr が検出されたといえ
る.河川水中の Sr-90 濃度は土壌中 Sr-90 が高濃度であった d において 0.004 Ba/kg
を示し,請戸川の他の地点(a,b,c)および青森県内の河川水(f)では 0.001~0.002
Bq/kg となった.この傾向は土壌中の Sr-90 濃度の分布と同じであり,少なくとも地
点 d では土壌中に沈着した原発事故に由来する Sr-90 の一部が河川水中に移行してい
る可能性を示唆している.イワナの骨に含まれる Sr-90 濃度も河川水中の Sr-90 濃度
と同様の傾向があり,土壌中の Sr-90 濃度が高い地点(b,d)において 113~254 Bq/kg
ash,請戸川の他の地点(a,c)で 52~63 Bq/kg ash,青森県内の河川(f)では定量
下限値以下(31~82 Bq/kg ash)となった.以上の結果から,請戸川上流の一部地域
において陸域環境(土壌)だけでなく水環境中(河川水,魚骨)でも原発事故に由来
する放射性 Sr が今も検出できるほどに分布していることが明らかとなった.また,
その原発事故により土壌に沈着した放射性 Sr の一部が河川に溶出してイワナの骨に
蓄積するという放射性 Sr 移行経路が示唆される結果となった.

論文発表
なし

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沖縄ヘリが原因でもあるまいが、ストロンチウム90


請戸川上流 土182Bq/kg →河川水0.004(他は0.001~2)→イワナの骨254Bq/kg

見事な生物濃縮となっている 驚いた こういう情報はまったく聞こえてこない

これもレーガン乗員の骨に繋がるひとつの証拠だろう

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もはやこういう問題を取り上げるのは、「原発はいますぐ廃止せよ」のみとなったのか?


哀れだ!!!


*しかし沖縄ヘリ問題のさなかにこういうのを見つけるとは



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初期被曝線量推定 その2 「わずか数時間で「通報基準」の7倍!100倍を超えた作業員も!」

わずか数時間で「通報基準」の7倍!100倍を超えた作業員も! 「封印された内部被曝」福島第一原発衝撃の実態
これは途中で切れるので、311初期の頃の記事がこちらに↓

その1
その2
その3
その4

以上をまとめると、

避難作業員被曝量2

地震で必要がなくなった作業員に「家に帰れ」と命令が出た。4号機にいた人やそれぞれだろうが、特に浪江の実家に帰還した作業員は原発での吸い込みもさることながら、浪江での内部被曝が大だろう。

これにより、各地の一般人と同じ被ばく線量が確定される。
測定日が4月6日とか、別の情報によると、5月半ばの測定で(測定はなく推定の外部内部被曝9ミリ)とかもあるが、
ヨウ素半減期を遡り、おおよそ倍にしたらいいとおもう。


東電内測定で最高が638ミリらしい
避難作業員被曝量



ところが低く操作されてもいた
避難作業員被曝量3


帰還政策も情報が隠蔽されていた
避難解除4


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最後にはまとめるが、まずは韓国取材陣福島148ミリ、東京103ミリに追加で、
浪江100ミリ(減衰補正で2倍なら200ミリ)プラス外部被曝10ミリ=110ミリ~200ミリ
南相馬7ミリ(減衰補正で2倍なら15ミリ)プラス外部被曝5ミリ=12ミリ~20ミリ



まだある

確定確証はつづく

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二動原体はウソをつかない 「3月15~17日に東京付近を取材した撮影監督を検査した結果、放射線被ばく量が103ミリシーベルトと推定された」

染色体分析が行われた事故例
引用
サンサルバドル

調べた細胞から何百もの二動原体を検出 数シーベルト


被ばく線量推定法 放医研
引用
フクイチ作業員
押して拡大

ここにフクイチの作業員の線量が出ていた。

左がガラスバッジからの全身実効線量(実効線量といえば全身が当然だが、忘れている人もいると思うのでゴフマン先生を真似)
次が調べた細胞の細胞核の染色体46本の画像数 そのうちの二動原体数 比率 推定の吸収線量(γか中性子か分からないので吸収したと思われる線量 実効線量に変換するときはまた違ってくるのだと思う ほとんどシーベルトでいいと思うが)

311当初検出限界は200mGyで末梢血リンパ球二動原体などアテにならんと叫ばれていたが、なんのことかさっぱりの素人はここでもまた騙された。

フクイチ作業員2

ガラスバッジを付けて線量管理がしっかりしていた福島原発作業員(おそらく東電社員)の線量と二動原体の数が100mシーベルトぐらいではぴったり相関している。170ミリでどんぴしゃのもある。
かなりはずれもあるが、測定器よりも二動原体の方が現実の生物効果だから信用できるのではないか。

それで放医研は熟練が顕微鏡をちまちま見るよりも機械に大量判定させようと企画している。

時間が経つと消えていくので今度は転座を調べようとしている。


転座

時間が経つと減っていく二動原体でも半減期という比例減衰が見られるので、逆算ができるともなっているが、これは世界のIAEAゴールドスタンダードと叫ばれている。


浪江染色体検査は転座の検査のようだったが、2~3個出たのが何だったのか情報がないのでわからない。


震災取材のKBS撮影監督ら、被ばく許容限度超える

3月15~17日に東京付近を取材した撮影監督を検査した結果、放射線被ばく量が103ミリシーベルト
1000個の細胞のうち、5個の細胞に異常

3月12~15日に福島付近で取材した別の撮影監督が放射線被ばく(148ミリシーベルト)
1000個の細胞のうち、7個の細胞が損傷

木下ブログ
0.148Gy(グレーの誤差範囲は0.027~0.322)


1個で26ミリシーベルトに上の表から計算される。


福島県立医科大
医療被ばく(CT 検査)による生体影響に関する発見
引用

1. 1 回の CT 検査 (5.78 mSv~60.27 mSv) によって染色体異常が誘発されている可能性が示唆された

2. 100 mSv 未満の放射線被ばくにおいても二動原体染色体解析による線量評価が可能なことを示した。特に従来のギムザ染色による手法に比べ FISH 法で効率的な解析が可能であることが示めされた


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決まった、完璧!!!


ほぼ初期被曝の推定ができた、感無量だ。


まだある。



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DNA二重らせん構造が先で、染色体数が後だった不思議

科学者一般の思考法  

 いくつかの例外はあるものの、一般的に科学者はその時代の手法や技術の枠に沿った考え方をすると言えるだろう。科学者たちが別の考え方をしたがらないのは、実験で確認できないことを考えるのは、時間のむだになるとかんがえるからである。手段がなければ実験はできないのであるから、その考え方にも一理ある。だが、現在利用できる技術の枠にとらわれないような思考により、しばしば新しい技術開発の突破口が生まれるのである。
 人間細胞の染色体数を数える技術でさえ、1956年にやっと実用化されたのであり、感慨深いことである。この技術の実用化後わずか3年で、劣性遺伝病全体の頻度や優性遺伝病の10分の1の頻度に匹敵するダウン症候群の原因が、余分な染色体にあることが明らかにされた。
 現在、科学者は小さな欠失の重要性を全く無視している。このような欠失で数10個から数100個の遺伝子が失われるとしても、ほとんど注意されていない。なぜだろうか。小さい欠失を定量的に研究する技術が開発されていないからである。1950年代初期、すでに十分に開発されていたX線回析の技術を用いて、ワトソンとクリックが人間の遺伝子について優れた研究を行ったとき、遺伝学の分野は、遺伝子の担い手である染色体の数さえも調べられないという奇妙な状況にあったことを、科学者は考えてみるべきである。 

        ジョン・W・ゴフマン 著
                「人間と放射線」より  
    
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トドに感謝(笑)
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最後の文がこのX線解析でワトソンクリック まだ人間細胞の染色体数がはっきりしないときに(46本か48本かとか)と
ゴフマン先生が書いていたので、印象に残っていた。
SF陰謀米国ドラマで「DNAの秘密は宇宙人から」Xファイルだったか?(笑い)

ということで調べた。

20130128_2462481.jpg

ユダヤ人の超優秀な彼女がDNA結晶のX線解析をしていて、AとBのうちBのエックス線写真を撮っていたが、完全主義なのでAを解析しているさなかに、上司が勝手にワトソンに写真のコピーを渡してそれでワトソンとクリックと上司がノーベル賞を取ったというお話

ちなみに彼らがノーベル賞受賞前に、彼女はX線を浴びすぎて卵巣がんで早死という悲劇



















賢さがただよう😪








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レーガン乗員の被ばく線量推定をしているのだが、今度こそはブログ記事は格調高いまじめな文章にしようと今朝こそ思ったのに、ついまたふざけて崩れていって残念だ。

韓国取材陣が帰国後染色体検査で148ミリシーベルト 東京取材103ミリ
4号機からすぐに逃げた作業員が後日また働く前のWBC検査で100ミリだったとかから
レーガン被曝推定1000ミリはありうるという推定計算

染色体 二動原体環状体数被曝量推定
WBC CPM単位ベクレルシーベルト変換
3号機ほかベントプルーム突入時のWSPEEDI推定線量からのレーガン外部内部被曝
(裁判で出るはずだが、出ない場合もあるやもしれず)

細胞核染色体決定領域の研究からWBC測定研究から大気プルームと海水汚染レーガン脱塩水トリチウム濃度ほか推定値


研究は尽きずに肩ばかり凝る秋雨の夕べだった




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放射能はいらない
『推進派はいつも自然も人工も放射線は同じだと言う、【成る程その通りだ。 しかし、問題は放射線ではなく、人工放射性核種は濃縮する事にあったのだ】 』
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