8年目の解決 福島市のランタン140が5622万Bq/m2 減衰補正の誤りに断定

「2011 年 3 月 1 日から 31 日の間に沈着した放射性物質を 3 月 15 日に放出したものとして補正したものである」

福島大学降水
http://www.jsae-net.org/event/2014/fukushima-symp/No4.pdf

福島市のランタン140が異様に多い

ctbt20110315.jpg
http://www.cpdnp.jp/pdf/120420Takasaki_report_Apr15.pdf

CTBT高崎はそれほどではない

その理由は、半減期の補正の間違い
http://www.cpdnp.jp/pdf/131210Takasaki_report_December10.pdf

ランタン140

計算すると、3/31のランタン140は75774Bq/m2でこれを1.678日の半減期で3/15にすると5622万Bq/m2となる。
このやり方は間違いで、バリウムランタン過渡平衡の複雑な計算が必要となる。

Wiki
放射平衡

第5回環境放射線モニタリング技術検討チーム
引用
放射平衡2

放射平衡3


当初からおそらくこれではないかと思っていたが、発表者の福島大学も訂正はしないし、専門家も指摘しないし、反原発反被曝派も音沙汰もない。誰か指摘するだろうと待っていた数年だったが、何もない。

「半減期補正間違い」しかありえない。

8年目の今もその後ランタン140の数値の大きな測定値も発見されなかったので、ここに断定して、未解決事件を終わりとする。

風化もわかるが、少しはまともに科学的真実に向き合ったらどうなのだと思う、頭が風化したのか?麻生のごとく


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テーマ : 「原発」は本当に必要なのか
ジャンル : 政治・経済

チェルノブイリ(ウクライナ)甲状腺直接測定 なんと肺まで測定していた(泣く)

チェルノブイリ甲状腺がんの歴史と教訓

Balonov ら,Radiation Protection Dosimetry (2003)
  Contributions of short-lived radioiodines to thyroid doses received by evacuees from the Chernobyl area estimated using early in vivo activity measurements
  http://rpd.oxfordjournals.org/content/105/1-4/593.short

Contributions of short-lived radioiodines to thyroid doses received by evacuees from the Chernobyl area estimated using early in vivo activity measurements

この中のこれを
https://doi.org/10.1093/oxfordjournals.rpd.a006309

ここにはめ込むと
Sci-Hub

すべて出てきて読める

そしてこれ

甲状腺直接測定

さらっと読んだだけだが(英語もできないのに眺めただけで、絵を)

甲状腺だけでなく、肺まで測定しているじゃないか、セシウムボールやPu(Amの59kev)やヨウ素ガンマー線の残留粒子を測っていたのか


このやり方で腰を据えてじっくりと調査だ、ほんとにチェルノブイリでは数百ミリ、数シーベルトもあったのかを!




東電社員の今頃になっての肺に残留のセシウムボールの測定

cc21.jpg



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森口祐一「いま、NHKスペシャルで放映中のSPMのフィルタの測定データがこの論文です。」









318319320双葉

318319320双葉2

双葉
双葉312

楢葉町2

大気浮遊塵(車の排ガスとか)のPM2.5より大きいPM10のSPM粒子のフィルターがあったので計測

双葉町

こっちは空間線量計のモニタリングポスト
双葉と楢葉

楢葉町
楢葉町

楢葉315


ちょうど「空間線量と甲状腺等価線量」をやってる最中に絶好のタイミングで森口さんのツイートがあり、もっとも汚染された中心部のセシウム測定値が確保できた。
そしてまさにNHKスペシャルで同時進行に見ることとなった(笑い)

セシウムのほぼ10倍がヨウ素131となるので、それで計算してファイルが出来上がった。

まだ空間線量があちこちにあるので、全網羅だ、手作業で数値を落とし込むので苦労する(また愚痴を言う 笑い)


*若い美人秘書が欲しいところだ、歳では眼が、細かい作業なので(笑い)


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吸入被ばくは3/17日までの評価値

317まで

住民の線量評価に関する包括研究。これまでのところ、UNSCEAR2013報告で推定されていた福島の小児の初期被曝線量が31~93%過大だったことが報告されている。

吸入被ばくは3/17日までの評価値

包括研究中間評価











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東海村核燃サイクル研のデータからざっくり3/11~3/31の空間線量累計が外部被曝、その10倍が内部被曝実効線量、さらにその10倍が1歳児甲状腺等価線量

換算係数4

おおざっぱな簡易計算となっていて、各地どこも同じだろうが3/17~以降の線量上昇のところがヨウ素濃度も上昇で被ばく線量が高くなるようだ。
だからプルームの吹き方で後半の被ばく線量が変わってくる。

核燃サイクル
換算係数3

換算係数2

換算係数

外部内部換算係数もチェックしたが正しいようだ。

空間線量から等価線量2

空間線量から等価線量4


空間線量から等価線量6

北茨城市


3月末までの線量データを集めてざっくり総合計の10倍、10倍で簡単に推定する方法と、
ピークを見つけて換算係数からより正確に推定する方法とふたつできるようだ。

簡単推計だと北茨城市は100ミリになって正確推定の206ミリの半分になって過少評価となったが、
まずは大量の線量データを集めよう。
(これがPDF、、、愚痴を言うのはやめよう (笑い))


3/15のピークが大きいのでてっきり最初の被曝が大きいと思っていたが、実は後半の3/17~からの方が大きかった。
ヨウ素濃度の継続時間が長いから吸い込む量が増える。

福島健康調査で鈴木元が「アンスケア2013は過大評価」だとぶち上げていたが、
それをまた福島民友が拡散していたが、

「福島民友新聞社
鈴木元氏=放射線病理学=が23日、
甲状腺への影響を受けやすいとされる県内の1歳児の甲状腺被ばく量を再評価した結果、
国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR(アンスケア))が2013年報告書で示した推計値の7~69%にとどまった」

この間まで福島民友は記事が残っていたのにいつの間にか消してしまった
「お前はバカなのか」とオレが言ったわけでもなかろうが

包括研究中間評価

3/17までの吸入しか計算していない、(これには誰も気が付かなかっただろう、実はオレもだが(笑い)自分で線量計算してやっと気付いた)


かように「だまし」が多いので気をつけよう!!!




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3/16の白煙プルームで北茨城市に甲状腺ガン3名 枝野はこれに責任を持って対処するべきだろう











16日の白煙の写真が全く無い、動画もだ、15日からもだが。























大量に被曝者を発生させたので「やめます」と書いた方がいい😡
被曝が泣ければ原発はどんどんやれ😁
「被曝問題」が分かっていない人が多すぎる

原発の前に「被曝問題」
そこが弱すぎる立憲 「ただちに」の枝野では難しい





推定

土曜日は東海村核燃サイクル研究所の空間線量とヨウ素濃度の分析をして、放医研の推定計算方法の検証をした。
間違いない科学的方法だった。次はそれを北茨城市に適用の推定の正しさの検証となる。

空間線量だけから小児甲状腺等価線量の正確な推定ができそうだ。
(PDFコピーエクセル入力に手間取るが)



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お尋ねの「原発事故直後に帰国した外国人の内部被曝データ」の意味するところが必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難である。内閣総理大臣 安倍 晋三

第185回国会(臨時会)

質問主意書

質問第三一号
「東京電力福島第一原子力発電所事故における初期内部被ばく線量の再構築」に関する質問主意書
右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十五年十月二十五日

山本 太郎   


       参議院議長 山崎 正昭 殿

「東京電力福島第一原子力発電所事故における初期内部被ばく線量の再構築」に関する質問主意書

 平成二十五年一月二十七日に第二回国際シンポジウム「東京電力福島第一原子力発電所事故における初期内部被ばく線量の再構築」が放射線医学総合研究所によって開催された。この国際シンポジウムは、平成二十四年度の原子力災害影響調査等事業(事故初期のヨウ素等短半減期による内部被ばくの線量評価調査)の一環で、環境省(事業公募時は経済産業省資源エネルギー庁)から委託を受けた放射線医学総合研究所がその事業として行ったものである。
 海外の研究者を交えた最後の討論において、海外の研究者から、「平成二十三年三月の東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「原発事故」という。)発生後の三月、四月に自国に緊急帰国した国民のホールボディカウンターによる内部被曝の測定値を保有しているので、人道的見地から、そのデータを日本に提供する。日本は初動が遅れたため、住民の初期内部被曝線量の推定しかできない現在において、推定材料の一つとして使用してはどうか」との申出があった。
 それを受け日本側は、「有り難い申出であり、是非そのデータを見せていただき、住民の初期内部被曝線量の再構築の一助とさせていただきたい」と回答していた。
 住民の内部被曝線量の測定は、原発事故発生の五か月後という遅い時期から始まり、住民の短半減期核種の内部被曝線量に関する情報が無い日本にとって、非常に重要な情報と考える。
 特に、フランスは二百八十人分の測定値を保有しており、それらはほとんどが事故後三週間以内のもので、三十五パーセントの人が汚染されていたという。核種はほぼヨウ素131による汚染であるが、二十人からセシウム134、セシウム137が検出され、十二人からテルル132、ヨウ素132が検出されたという。また、帰国者が飛行機に搭乗するまでの行動記録もある、との発表もあった。国の事業として開催されたシンポジウムにおける海外の研究者からの非常に重要な情報提供についてどう対応しているのか。
 右の点を踏まえ、以下質問する。

一 他国の研究者から、事故直後における帰国者の内部被曝線量に係る測定値を日本に提供したいという申出があった事実を、政府は把握していたか。

二 前記一に関して、実際に測定値は日本に提供されたか。測定値が提供されなかったとしたら、その理由はなぜか。

三 原発事故直後に帰国した外国人の内部被曝データは、原発事故における初期内部被曝線量の再構築の為に、有益なデータだと思うが、政府の見解を明らかにされたい。

四 前記三に関して、早急にこのデータの提供を求めるべきだと思うが、政府の見解を明らかにされたい。

  右質問する。

-------------------------------------------------

答弁書

答弁書第三一号

内閣参質一八五第三一号
  平成二十五年十一月五日
内閣総理大臣 安倍 晋三   


       参議院議長 山崎 正昭 殿

参議院議員山本太郎君提出「東京電力福島第一原子力発電所事故における初期内部被ばく線量の再構築」に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

参議院議員山本太郎君提出「東京電力福島第一原子力発電所事故における初期内部被ばく線量の再構築」に関する質問に対する答弁書
参議院議員山本太郎君提出「東京電力福島第一原子力発電所事故における初期内部被ばく線量の再構築」に関する質問に対する答弁書

一及び二について

 お尋ねの意味するところが必ずしも明らかではないが、独立行政法人放射線医学総合研究所(以下「放医研」という。)によれば、平成二十五年一月二十七日に開催された第二回国際シンポジウム「東京電力福島第一原子力発電所事故における初期内部被ばく線量の再構築」において、スペインのエネルギー・環境技術研究センターから、欧州線量評価研究グループを通じて、各国の内部被ばく線量データを提供することができる旨の発言があったとのことである。
 なお、放医研によれば、放医研においては、東京電力株式会社の福島第一原子力発電所の事故の直後における、半減期が短い放射性物質による内部被ばく線量の推計(以下「推計」という。)に当たっては、公的機関により公表された信頼できるデータ等や、学会等において公表された研究の成果を精査し、これらが推計を行う上で有益なものか否かを判断してきたとのことである。

三及び四について

 お尋ねの「原発事故直後に帰国した外国人の内部被曝データ」の意味するところが必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難である。

---------------------------

「特に、フランスは二百八十人分の測定値を保有しており、それらはほとんどが事故後三週間以内のもので、三十五パーセントの人が汚染されていたという。核種はほぼヨウ素131による汚染であるが、二十人からセシウム134、セシウム137が検出され、十二人からテルル132、ヨウ素132が検出されたという。また、帰国者が飛行機に搭乗するまでの行動記録もある、との発表もあった。」



「お尋ねの「原発事故直後に帰国した外国人の内部被曝データ」の意味するところが必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難である。」 内閣総理大臣 安倍 晋三


ぎゃああああああああああああああああああああああああああ

ギリシャの帰国者を見つけたと思っていたら、フランスの帰国者の大量内部被曝測定が見つかっていた、それもフランスがデータを提供すると言っているのに、安倍しんぞうが断っていたとは。

国民に情報公開せずに秘匿、隠蔽していた。


ここに、「隠蔽」とは真実であるということが断定された。ありがとう山本太郎くん(泣く)



いまここを検証中

空間線量から等価線量5


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3月21日から2012年3月20日までの1年間の東京都民の飲食物実効線量、ヨウ素とセシウムを合わせて成人で18μSv 幼児で42μSv 乳児で48μSv

「3月21日から2012年3月20日までの1年間に全身で飲食物を介して浴びる放射線量を、ヨウ素とセシウムを合わせて成人で18マイクロシーベルトと推定した。幼児で42マイクロシーベルト、乳児で48マイクロシーベルト」


次はこれを検証しよう

宿題を解く

飲食物由来の放射性ヨウ素およ びセシウムによる東京都民 びセシウムによる東京都民 のへ の 曝露量と発がんリスクの推定
引用
ヨウ素セシウム実効線量

---------------------
放射性ヨウ素とセシウムの合計曝露量(対策あり)は、乳児48 μSv、幼児42 μSv、成人18 μSv
対策ありは出荷制限とか水汚染のペットボトル配布などのこと、全然知らずにのんびりしていた人の場合はここでも考察されているが、わたしはそれは考慮しない。
---------------------

ヨウ素セシウム合算になっているのは困るので、その別々

ヨウ素セシウム別々

-----------------------
乳児に絞って考察すると、1年間の推定実効線量でヨウ素が約45μSv セシウムで3μSv
甲状腺等価線量で、約1000μ=1ミリシーベルト
(甲状腺荷重係数を0.04と見ているようなので、正確な数値が1100マイクロのようなのでそれを掛けると44マイクロで実効線量)

それで、セシウムが3マイクロなので、

放射性物質の体内残留量グラフ

セシウム137の被曝量と尿中濃度を見ると

Cs137.jpg

2011年3月21日から毎日0.3ベクレル摂取で、尿中濃度が0.48ベクレル/L 年間被曝量が1.3マイクロ

次にセシウム134を見ると

Cs134.jpg


毎日0.3ベクレル摂取で、尿中濃度が同じ0.48ベクレル/Lで、年間被曝量が1.7マイクロ

合計して、毎日0.6ベクレル摂取で、セシウム合算尿中濃度が約1ベクレル、年間被曝量が3マイクロシーベルトとなる。
無理やり数値を合わせたが、食品被曝がよく合っている。

ここで「けいとうさぎ」の2012年ごろの尿測定値を出すところだが、消えている。
もちろんきちんと保管してくれている人もいるし、私も保管しているが(笑い)、随分と見てきたので1ベクレルもないぐらいは誰でも知っているだろうから、上記の数値が正確だと思うはずだ。

あらゆる市民測定所を見てきた7年だが、食の被曝は非常に低い、すでに3年前には「汚染地以外食品で騒ぐな」と断定済みだが、いまだにおかしな人もいるのは「キセノン脳被曝」を疑った方がいい(笑い)

福島は如実に食の汚染が尿中濃度に現れているが、東京都もNDながらスペクトルピークが見えるレベルで数値にまではならない食の被曝だと思う。これがどれだけのリスクかは確かにほとんど問題外だと思う。

ところが、(だからなのだが、いくら言っても分かっていない人が多い)


福島事故直後の日本から戻ってきたギリシャの市民の国内暴露量の決定
DETERMINATION OF THE INTERNAL EXPOSURE OF GREEK CITIZENS RETURNING FROM JAPAN IMMEDIATELY AFTER THE FUKUSHIMA ACCIDENT

ギリシャ吸入

2011年3月11日の福島第一原子力発電所の原子力事故に続き、2011年3月17日から10月25日までの間に、ギリシャに戻ってから合計22人のギリシャ市民が測定された。事故の開始後10および11日に実施された全身カウンター測定により、22人の測定された個体のうち5人に人工放射性核種が検出された。汚染された5人のうち、3人が大人で、2人の子供、9歳と5歳、東京で1日滞在した。線量計算は、単一の暴露経路が、3月14日に行われた吸入によるものであると仮定して、それらが提供する情報に従って、検出された人工放射性核種をスペクトル(134 Cs、137 Cs、131私)。計算された総公約実効線量の計算値は、9-280μSvの範囲内にあることが判明した

-----------------------

3月14日にたった1日吸入したとすると、おそらく5歳児の方だと思うが、50年先の被曝量までみての実効線量が280マイクロシーベルトと食の被曝をあっさりと6倍で上回る。
甲状腺等価線量になおすと、280÷(さっきの0.04)=7ミリシーベルト

ヨウ素のスペクトルピークが出ていたのだろう、当然にセシウムの137も134も。
体内内部被曝計測値は非常に珍しいので貴重な事例だろう、おそらく数多くあるのではないか、(日本ではないので 泣く)

----------------------

ということで、見捨てられた初期被曝 ヨウ素131の謎を追え(ヨウ素132もテルルもキセノンも)となるのだが、




上記の計算式を解明できたので今はそれを福島市の30μや郡山市の25マイクロや飯館村や南相馬市、いわき市ほかに適応して甲状腺等価線量を試算する作業中なのだった。

東海村、大洗、つくば、新宿、理研和光市、CTBT高崎市ほかもかなり正確に推定できそうなので、いい加減な連中を批判できる。
7年もかかるとは情けない限りだが、知識理論 脳が追いつくのが遅いので致し方あるまい(笑い)


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放射線の専門家でもない連中がなんでこんなことをやっているんだ 都民の飲食物からの被曝「発がんリスク押し上げず」 東大が1年間の放射線量算出










国連大学はグローバルなシンクタンクであり大学院の教育機関で、本部を日本に置いています






早野が国連大学と結託しているのでうさんくさい😡

ryugo hayano 2月16日
LOVE&HOPE~ヒューマン・ケア・プロジェクト~ #tokyofm http://www.tfm.co.jp/lh/index.php?itemid=134095 … … 「先日10日土曜日に、東京・青山の国連大学で行われましたパネルディスカッション「アップデイトふくしま」の模様をお届けします」







早野教授と

沖野さんは、「放射線は、ある・ないだけではなく量の概念をもつことが大切。正しい知識をもって福島を見守ってほしい」

荒さんは、「福島の魅力や良さを伝えれば人々の心にいいイメージが残るので、うつくしまふくしまを、日本だけでなく世界にも伝え続けます」

2041.jpg







共同通信筆頭に全マスゴミはもはや政府広報に成り下がったのか😡




ということで、いま政府上げて「風評対策」に動き出しているが、国連大学まで絡んでいるとは知らなかった。
サントリーの「水」の研究応援部隊が食品被曝にちょっかい出していたのは、2012年当時はまだ知識がちんぷんかんで気がつかなかったが、
7年目にして水面下での膨大な推進派の陰謀が蠢いていたことを知る。


「3月21日から2012年3月20日までの1年間に全身で飲食物を介して浴びる放射線量を、ヨウ素とセシウムを合わせて成人で18マイクロシーベルトと推定した。幼児で42マイクロシーベルト、乳児で48マイクロシーベルト」


次はこれを検証しよう



*サントリーの水と言えば、これだろう



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初期被曝で多かれ少なかれ肺に残留が証明の確定

じん肺2
セシウム排出、予測より遅い…作業員を追跡調査
引用 2015年08月10日 読売
 福島第一原子力発電所で事故対応にあたった東京電力の作業員が体内に吸い込んだ放射性セシウムは、当初の予測より、体外への排出が遅いという追跡調査結果を、放射線医学総合研究所の谷幸太郎研究員らが発表した。

 谷研究員らは、セシウムの一部が水に溶けにくい化合物になり、肺に長くとどまるためではないかと推定している。被曝ひばく線量を見積もる計算モデルの見直しにつながる可能性があるという。

 同研究所では、事故直後に原子炉の中央制御室で監視業務などにあたり、被曝線量が特に高かった作業員7人について、年に数回、検査を受けてもらい、体内のセシウム137などの量を測っている。

 作業員のセシウム量は、事故後、約2年間は、「肺から血液へ溶け込み、尿などを通じた排出により、70~100日ごとに半減していく」という予測通りに減少していた。しかし、2013年の半ば頃から減り方が鈍くなった。

7年目の確定判決 肺の線量が増え続ける意味

c22.jpg
cc21.jpg
cc23.jpg


被曝ひばく線量を見積もる計算モデルの見直し

NHKの報道は東電の中央制御室の社員の測定値だったことをいま始めて知った。
全身の放射線量が減っていっても肺の中の線量だけがいつまでも残り続けているのが、セシウムホットパーティクルの証明の証拠だった。

連日、追及につぐ追究の研究の日夜真摯な謙虚な勉強で、ここに解明された。

微小粒子状物質健康影響評価検討会


確定したので、あとは沈着部位の被ばく線量計算へと移る。

ハウスダスト6

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逮捕中止 測定中止の「いたる」達 ぎゃああああああああああ



詩織さん事件で逮捕を中止させた中村格(いたる)




こちらは現地フクシマ原子力センターの阿部さんが3/14にも測定に行こうとしたら止められた、中止事件

いたる中止2

いたる中止

測定を中止させた渡辺格(いたる)
いたる

いたる2

石田純一に一見似てもいるが、これが今の福島県健康調査の甲状腺ガン線量応答あやふや原因となっている。
素晴らしきにも「いたる」が同じだったのを今日発見。

レーガン被曝までの被曝症状と被曝線量の線量比例、線量応答、ダズレスポンスというのを研究中に見つけた「いたる」という
別に大したことでもないが、あまりの不思議さに記事にする価値はあったと思う。

ゴフマン先生は「データがないから研究できないというのは、大した学者ではない」と言われてそういう場合は「近似」で真実に迫ると書いているが、脳の出来具合が違うので、困っている。


えだの

いまや大人気の「えだのん」だが、支持者は反被曝を忘れた反原発劣化ウラン小泉細川鳥越軍団というのは、わかっている。
彼らでは真実にはたどり着けない。


真実はここにある


レーガン被曝事件解明までがんばろう そして最後は「真実はここにある」と言えるように


*研究に行き詰まると冗談かまして逃げているのが今のオレだったwww



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弘前大学による福島県浪江町復興支援 プロジェクトの概要 床次 眞司

弘前大学による福島県浪江町復興支援 プロジェクトの概要 床次 眞司
引用
1. は じ め に
弘前大学では 2011 年 3 月 11 日に発生した震災以前よ
り,大学院保健学研究科(以下,保健学研究科)におい
て「緊急被ばく医療支援人材育成及び体制の整備(平成
20 年度~平成 24 年度)」,「緊急被ばく医療の教育・研
究体制の高度化及び実践的プログラムの開発(平成 25
年度~平成 29 年度)」を実施している。また,被ばく医
療総合研究所を中心として「被ばく医療プロフェッショ
ナル育成計画(平成 22 年度~平成 26 年度)」を実施し
ている。これらプロジェクトの詳細は本誌においてもす
でに紹介しているので1, 2),ここではその詳細について
は割愛する。
東日本大震災に伴う,東京電力福島第一原子力発電所
事故(以下,福島原発事故)以降,弘前大学被ばく医療
総合研究所では,保健学研究科,大学院医学研究科及び
医学部附属病院との協力の下,福島県民に対する汚染ス
クリーニング検査,避難者による警戒区域への一時立
ち入りなどの支援のみではなく,環境放射線調査など
の研究活動を実施してきた1~5)。これらの活動を通じて,
2011 年 9 月 29 日に弘前大学は福島県双葉郡浪江町(以
下,浪江町)と連携協定を結んだ(第 1 図)6)。この協
定の目的は,弘前大学と浪江町が相互に密接な連携と協
力により,地域の課題に迅速かつ適切に対応し,活力の
ある個性豊かな地域社会の形成と発展に寄与することで
ある。実際には以下に示す五つの分野に対して連携・協
力を行うこととなっている。
1)除染を含む環境改善に関すること
2)教育及び人材育成に関すること
3)文化の育成・振興に関すること
4)健康づくり・医療・福祉に関すること
5)その他前条の目的を達成させるために必要と認める
こと
これらの目的を達成させるため,弘前大学放射線安全
機構の下に福島県浪江町復興支援プロジェクト(主査:
床次眞司)を設置した。このワーキングループには被ば
く医療総合研究所や保健学研究科のみでなく,農学生命
科学部,大学院理工学研究科,北日本新エネルギー研
究所,白神自然環境研究所から教員が集まり,月に 1 回
程度各部局が実施している課題に関する進捗状況を報告
し , 情報を共有している。また,2012 年 8 月 1 日には浪
江町津島地区の南津島上集会所に弘前大学浪江町復興支
援施設を設置した。さらに,2013 年 7 月 1 日は福島県
二本松市にある浪江町役場内に弘前大学浪江町復興支援
室を設置するとともに常勤職員を配置し,町民の放射線
や健康に対する不安などの解消に努めている。
本稿では,浪江町支援へとつながるきっかけとなった
弘前大学の福島原発事故後の初期活動内容について紹介
する。さらに,浪江町復興支援において特にわれわれが
深く関わっている「教育及び人材育成に関すること」を
紹介するとともに,当学会員からさまざまな意見を聞く
ことで今後の復興支援活動に還元していきたいと考えて
いる。

2. 人と環境に対する放射線影響に関する取り組みの
中で感じたこと
2.1 「被ばく状況調査チーム」の活動
弘前大学は文部科学省の要請を受け,福島原発事故直
後の 2011 年 3 月 13 日に放射線安全機構は会議を開き,
教職員の福島県内への派遣を決定した。派遣の目的は住
民の汚染スクリーニング検査への協力であった(後に,
20 km 圏内避難者の一時帰宅支援も実施した)。そこで,
弘前大学は遠藤正彦前学長の指示の下,「被ばく状況調
査チーム」を結成し 2011 年 3 月 15 日に第 1 次隊を派遣
した。この名称に至った経緯は,文部科学省の要請によ
る汚染スクリーニング検査を単に実施するのではなく,
わが国初の原子力災害において後世に残すべくデータの
収集も行うことを使命としたためである。
この派遣では,床次と細田を含む放射線を専門とする
教員 4 名,被ばく医療について十分な知識と経験を持つ
看護系教員 2 名,医学部附属病院の診療放射線技師 2 名
及び大学事務職員 6 名の合計 14 名が 1 つのチームとし
て構成された。後で分かったことであるが,この人数と
構成(放射線の専門家,看護師,事務職員)で支援に携
わったのは弘前大学のみであったようである。特に事務
職員がチーム内にいることは,われわれが放射線対策に
専念でき,効率的に活動を展開できた。
事前に,ガソリンスタンドが機能していない,食事を
とる場所がない,宿泊施設の確保は各自で行うこと,校
正された自前のサーベイメータを持参することなどの情
報を得ていた。そこで 13 日以降,関連部局の教職員に
よって食事や寝袋も含め,足りないものは学内でかき集
めた。当時は弘前市でも停電が続いており,店の機能は
停止していた。このような状況の中で,これらの準備に
多くの大学事務職員の協力を得た。このような準備を経
て,15 日に弘前大学を出発し東北自動車道の花輪サー
ビスエリアで休憩をしている時に原発建屋での水素爆発
の情報が大学本部から入った。床次を残す 13 名は大学
待機を命ぜられ,やむなく弘前へと引き返すこととなっ
た。床次は花輪サービスエリアで待機し,遅れて現地に
向けて弘前を出発した大学院医学研究科救急医学講座の
チームと合流し,福島市内の災害対策本部へと向かった。
翌日 16 日の午前中には,床次より他のメンバーへの
連絡があり,仙台以降で急激に空間線量率が上昇し,福
島市内でも 20 ȝSv/h を超えていることが知らされた。
この情報を受け,大学独自で福島県内の支援に向かおう
とした矢先に,文部科学省より再度福島入りの要請を受
け,13 名は災害対策本部へと向かうこととなった。以降,
弘前大学では 2011 年 7 月 28 日(第 20 次隊)まで「被
ばく状況調査チーム」として延べ 82 人を福島県内へと
派遣し,5,000 人以上の県民の汚染スクリーニング検査
を実施した(第 2 図)。さらに,20 km 圏内避難者の一
時帰宅支援として,医師,看護師,放射線専門家及び事
務職員で構成された延べ 11 チームが 5 月下旬から 8 月
上旬までの期間にわたり派遣された。
2.2 環境放射線調査の実施
1)事故直後の弘前大学の設備
弘前大学は事故以前より被ばく医療に取り組んでい
たものの,放射線関連の測定器は GM サーベイメータ,
NaI(Tl) シンチレーションサーベイメータと個人被ばく
線量計しかなかった。また,医学部附属病院に設置され
た高度救命救急センターには被ばく医療施設があり,甲
状腺モニタやホールボディカウンタのみでなく,3 イン
チの NaI(Tl) シンチレーションスペクトロメータも所有
していた。本来は患者に対して使用することを前提とし
て購入されたようであったが,当時の教授の理解によっ
てわれわれは環境放射線測定のために借用することがで
きた。このスペクトロメータに加え,所有していた計数
値表示の 2 インチの NaI(Tl) シンチレーションサーベイ
メータも使用した。これは波高分析器に接続すればスペ
クトロメータとしての機能もあり,事前に多地点におけ
る Ȗ線波高分布の測定によって計数値から空気吸収線量
率への換算係数が与えられていた。とはいえ,正直なと
ころ環境放射線及び放射能測定を行うには必ずしも十分
な装備ではなかった。

2)走行サーベイによる空間線量率の経時変化

3 月 15 日に弘前大学を出発するにあたり,われわれ
が所有し装備可能な装置で最大限の事をするべきと考
え,まずは車内において空間線量率の走行サーベイを実
施することにした。同時に,チーム全員に個人被ばく線
量計を配布し,毎日朝晩のデータを記録してもらうよう
にした。これらのデータから支援スタッフの被ばく線量
評価をするためであった。
実際に走行サーベイは 3 月 16 日 14 時 26 分の出発
と同時に開始した。主として 1 インチ及び 2 インチの
NaI(Tl) シンチレーションサーベイメータを用いて,ノー
トに 1 分ごとのデータを記録した。1 インチのサーベイ
メータの値は同時測定によって 2 インチでの値へと換算
した。さらに,空間線量率データの記載と同時に周辺の
状況や地名も記録を行うように心がけた。走行サーベイ
による値は車内での値であり,車の車体によって Ȗ線が
遮蔽されるため,途中の休憩の際に車内と車外の値を比
較し,後で補正することで地表面から 1 m の高さにお
ける車外での空間線量率に換算した。走行サーベイは,
災害対策本部に到着(22 時 40 分)するまでの 8 時間以
上にわたって継続した。走行サーベイはその後,4 月 11
日にも実施し 3 月 16 日の結果と比較した結果,岩手県
南部の空間線量率が上昇していることが確認された。こ
の結果の信憑性を確認するため,われわれは 4 月 25 日
にも再度同じルートを走行した。これらの結果につい
てはすでに報告している7) ので詳細については割愛する
が,後に報告された放射性プルームのシミュレーション
結果を支持する実測データとなった。論文発表当時は福
島事故関連の内容で論文を出すことは,被災者の心情を
考えたら罷り通らぬといったような雰囲気さえあった。
このような緊急時だからこそ,専門家によって得られた
貴重なデータが第三者による科学的かつ客観的な審査を
受け,日本国内のみでなく世界に向けてわが国から積極
的に発信していくことが重要ではないかと思う。
原子力災害においてまず放射線被ばくの状況を把握す
るためには,走行サーベイによる空間線量率の分布状況
を把握することが大切であると思われる。さらに,それ
を継続的に実施することで放射性プルームの挙動につい
ての情報を得ることもでき,シミュレーション結果と照
合することでより正確な情報を国民に提供することに繋
がると考えている。われわれが実施している手法はスペ
クトロメータによる較正を除けば,放射線関連のどの施
設でも簡単に実施できる方法である。緊急時には較正は
後で行うとしても,簡便な方法により,迅速に行動する
ことがその後の対応を決定する上でも重要であろう。

なお,走行サーベイは浪江町内でも実施し,その結果
は航空機観測などの結果と同様な傾向であった。また,
この調査で作成した空間線量率分布図は浪江町役場に提
供した。
3)環境試料の採取と放射能測定
2011 年 3 月 17 日の朝,災害対策本部に出向き支援先
が伝えられた。そこで,われわれは汚染スクリーニング
検査を実施した。同時に支援先において,核種分析の
ために 3 インチの NaI(Tl) シンチレーションスペクトロ
メータを用いて Ȗ線波高分布を取得したとともに,土壌,
植物,水試料の環境試料の採取を行った(第 3 図)8, 9)。
さらに,乾電池駆動型ミニポンプにタイゴンチューブを
介して 47 mmφのセルロースフィルタを接続し,汚染ス
クリーニング検査会場内外の大気を採取した9)。残念な
がら当時は活性炭繊維ろ紙を所有していなかったため,
放射性ヨウ素のガス成分の採取はできなかった。正直な
ところ,当時のわれわれは土壌採取に関して小さなショ
ベルしか持っておらず,したがって土壌採取範囲を正確
に決定した後,その範囲内の表層土壌をショベルで採取
するという方法しかとることができなかった。実際に
「環境試料採取マニュアル10) に基づかないデータには意
味がない」,「いい加減なサンプリング方法である」とか
「なぜコアを抜かなかったのか」と言った批判も受けた。
しかし,果たしてあの切迫した雰囲気の中でマニュアル
に基づいた採取できるのでろうか?では,事故直後の数
日間の間に誰がそのような採取を行ったのだろうか?わ
れわれはマニュアルに基づいた採取を行うことは重要で
あることは当然理解しているが,何よりも短寿命の放射
性核種をより迅速に評価し,住民の被ばく線量評価につ
なげることの方が重要であろうと思っている。当時の最
大限実施可能な採取方法を明示し,その採取方法がマ
ニュアルに基づいた手法による結果とどの程度異なるの
か(誤差評価も含めて)を後で実験的に確かめ,取得し
たデータをいかに生かすことができるのかを考えること
こそ,環境放射能研究に携わる研究者の務めではないだ
ろうか。装備が十分でなければマニュアルに基づく試料
採取ができない(やらない)という主張は原子力災害に
おける緊急時には通用しないだろう。このような地道な
調査活動の積み重ねや経験を基に緊急時マニュアルはよ
り現実的なものとして改訂すべきであると考えている。
また,弘前大学には放射線影響研究を専門としている教
員が多いが,採取後の環境試料の前処理や測定試料作り
には専門を問わず協力できる体制ができていた。また,
当時は高純度 Ge 半導体検出器を所有していなかったた
め,近隣の環境科学技術研究所など,いくつかの関連機
関の迅速かつ熱心な協力によって測定が実施できた。こ
のような緊急時には人的なネットワークが強力な支援と
なり,その重要性を感じた。また,いざという時のネッ
トワーク構築も重要であろう。
現在では,浪江町を流れる請戸川流域の河川水及び山
間部における大気中エアロゾル粒子を採取し,それらに
含まれる放射性セシウムの放射能を経時的に評価してい
る11)。また,放射性物質の環境動態は,降雨や風などの
気象条件の影響を受けるため,気象データを用いた放射
性セシウムの環境影響評価も行っている11)。
2.3 ヒトの被ばく線量評価
3 月 15 日に派遣された第 1 次隊メンバー以降,第 20
次隊に至るまで個人被ばく線量計を装着し,継続的な
データの取得を行った。「被ばく状況調査チーム」は基
本的に月曜日に大学を出発し,火曜日から木曜日まで支
援作業を行い,金曜日に大学に戻り引き継ぎを行うとい
う手法をとった。個人被ばく線量の継続的な測定結果
から事故直後の 1 次隊の最大積算線量は 100 ȝSv 程度で
あったものの,3 月下旬以降は支援活動に伴う積算線量
は約 20 ȝSv 程度であることが分かった12)。特に派遣さ
れた事務職員は放射線被ばくに対する不安が大きかった
ように思うが,これらの実測結果を適宜報告し,放射線
の専門家と看護師が不安に対して話を聞くようにしたこ
とから,彼らの不安は幾分解消されたようであった。さ
らに学内での支援状況報告会を実施することで,後に出
発するチームの不安解消にもつながった。
このような支援活動を継続している中で多くの住民が
どの程度の被ばくをしているのか,詳細な情報を持って
いない状況にあることが分かった。そのような状況の中,
床次は鹿児島大学大学院の秋葉澄伯教授より住民の甲状
腺被ばく調査の実施の可能性について連絡を受けた。わ
れわれは自然環境放射能を中心とした研究を行ってきて
はいるが,甲状腺被ばく線量調査を実施した経験はもち
ろんなかった。そこで,電子メールを通じて内部被ばく
線量評価の世界的な第一人者であり,以前より共同研究
を通じて親交のあったニューヨーク大学のナオミ・ハー
レー教授に連絡し,その手順と評価方法について指導を
受けた。併せて弘前大学大学院医学研究科倫理委員会へ
の申請も行った。ハーレー教授によれば,Ȗ線スペクト
ロメータがあれば甲状腺中の放射能測定は何とかなるこ
とが分かったため,早速大学長の許可をとった。
秋葉教授にも協力を依頼し,当時もっとも汚染がひど
かった地域の一つであり,多くの住民が避難を強いられ
ている浪江町津島地区にわれわれは 2011 年 4 月 11 日に
向かった。翌日の 4 月 12 日には甲状腺被ばく線量調査
を実施した13)。正直,浪江町の土地勘もなく知り合いも
いない状況であったので,手あたり次第人が住んでいる
家屋を回った。この時期はまだ町民全員が避難しておら
ず,自宅に残って生活をしている家庭もあった。最初に
調査協力をして頂いた夫婦からの紹介によって甲状腺被
ばく線量調査を拡大していった。中には,母親と子供だ
けが浪江町外に避難しており,一時的に津島地区に戻っ
てきている方もいた。この家族にも甲状腺被ばく線量調
査の依頼をしたが,放射線測定器を持った男性のみの集
団に対して抵抗感があったのか,測定の了承を得ること
ができなった。このような調査では,たとえば保健師(も
しくは看護師)のような資格を持った女性が同行するこ
とで,緊張感が緩和できたのかもしれない。結局,4 月
15 日までの 4 日間で 17 名の成人に対して調査を実施す
ることができた。
当時,「被ばく状況調査チーム」は福島市内の同じホ
テルに毎回宿泊をしていた。このホテルでは南相馬市か
らの避難者も宿泊していた。4 月 16 日の朝,ホテルに
宿泊している避難者の 1 人から弘前大学の活動内容につ
いて質問された。政府によっていわき市,川俣町,飯舘
村に住む 15 歳以下の子供 1,149 名に対して甲状腺スク
リーニング調査を実施したことは新聞などによって避難
者もよく知っていた。さらに話を聞いてみると,成人に
対して甲状腺スクリーニング検査を実施しないことに強
い不安を感じているようであった。われわれが浪江町内
で甲状腺被ばく線量調査を実施したことを伝えると,こ
のホテルへの避難者に対しても測定をしてほしいと依頼
された。そこで,ホテルを通じて南相馬市役所に確認を
したところ,住民の希望があれば弘前大学の責任の下に
調査を実施しても構わないとの回答であった。その回答
を受け,床次は大学の許可をとり南相馬市からの避難者
に対する甲状腺被ばく線量調査を実施した。調査に先立
ち,朝食会場において床次と秋葉教授による事前説明を
行い,希望者を募った。この調査の問題の一つとして,
バックグラウンドレベルが低い場所を探すことであっ
た。幸いにも,われわれが宿泊していたホテルにはカラ
オケ施設があり,防音のためホテル入口から離れた場所
にあり,かつ壁が厚くバックグラウンドは 100 nGy/h 以
下と自然放射線レベル程度と低かった。そこで,カラオ
ケ施設を調査会場として乳幼児を含む 45 名に対して調
査を実施した(第 4 図)。その後,秋葉教授により,チェ
ルノブイリ原発事故における線量評価の責任者であっ
た,ロシア・サンクトペテルブルグ放射線衛生研究所の
ミハエル・バラノフ教授を紹介して頂き,線量評価に関
する指導を受けた。この一連の調査結果より,小児と成
人の甲状腺等価線量の最大値は,それぞれ 23 mSv 及び
33 mSv であると評価され,チェルノブイリ原発事故に
よる避難者の平均値である 490 mSv と比べて遥かに低
い線量であることが実測によって確認された13)。当初の
計画では 100 名以上の調査を予定していたが,諸般の事
情によりそれは不可能となった。見ず知らずの研究者が
自治体からの理解を得る,許可を得ることの難しさを痛
感した。われわれは自治体の協力がなければ個人的に調
査を拡大することには限界を感じていたこともあり,結
局この調査は 62 名で終わることとなった。迅速に実測
を行い,その結果に対して第三者を交えて客観的に評価
し,それを正しく住民に伝えることこそ,原子力災害に
おいて重要なことではなかろうか。残念なことに,客観
的な評価に耐えうる住民に対する甲状腺被ばく線量の実
測結果はわれわれのデータのみであった。
Ȗ線スペクトロメータを所有している放射線関連の施
設は少なくないはずである。つまり,甲状腺モニタは重
量があり移動が困難であるため詳細な調査が実施できな
いということは理由にならない。放射線計測に携わって
いる研究者,技術者であれば Ȗ線スペクトロメータが一
台あれば,このような調査はできることは容易に想像が
つくであろう。また,事故後はバックグラウンドが高い
から詳細な測定ができないということも理由にはならな
い。研究者としてどのようにしてバックグラウンドを低
減させることができるのかと考えること,そして,バッ
クグラウンドが高かったとしても検出下限値がどの程度
であるのかを評価し,線量評価の結果を住民に知らせる
ことが重要なのではなかろうか。
事故直後には 131I のみではなく短寿命核種である 132Te
や 132I も検出された。もし,事故直後に甲状腺被ばく線
量調査を実施していたら,NaI(Tl) シンチレーションス
ペクトロメータのエネルギー分解の悪さから,これら短
寿命核種が 131I の妨害ピークの一つとなり,線量評価の
妨げになったのかもしれない。われわれの調査は事故か
ら 1 か月後であり,短寿命核種による 131I のフォトピー
クに対する妨害を受けることなく評価することができ
た。もう少し時期が遅ければ 131I のピークは検出されな
かっただろう。調査を実施した時期は,偶然ではあるが
131I のみを NaI(Tl) シンチレーションスペクトロメータで
効率よく測定するのによいタイミングであったと今更な
がら考えている。さらに,われわれの調査では一部の避
難者の波高分布に放射性セシウムのフォトピークも観測
され,134Cs と 131I の放射能比を求めることに成功した。
この結果を浪江町民が実施しているホールボディカウン
タによる内部被ばく検査の結果に反映させ,2,393 名の
131I による甲状腺等価線量を推定することが可能となっ
た。この調査には浪江町役場の全面的な協力の他,放射
線医学総合研究所や日本原子力研究開発機構の協力を得
た。その結果,最大でも 18 mSv 程度であると評価され,
直接測定した結果と比較的良い一致が認められた14)。こ
の手法の精度はさらに検討する必要があるが,初期デー
タを取得しておくことで , より大規模な線量評価につな
がると考えられる。
しかし,現在でも残された課題として 132I の甲状腺等
価線量に対する寄与が不明な点である。バラノフらの報
告では,チェルノブイリ原発事故における 132I の寄与は
甲状腺等価線量の約 30% 程度であり15),甲斐らは,調
査人数は 4 人と少ないものの 2 倍程度の寄与があったこ
とを報告している16)。

3. 放射線の基礎教育に関する取り組みの中で感じた
こと
浪江町との協定の提携以降,放射線の基礎知識に関す
る講演依頼がくるようになった。そこで , 住民に対する
放射線リスクコミュニケーションの重要性を認識し,わ
れわれは日本原子力研究開発機構を訪問し,現地で対応
をしている職員から多くのことを学んだ17)。浪江町では
住民に直接対応する職員に対する正しい知識の普及が大
切であると考え,役場職員や診療所職員に対する講演が
定期的に実施されている(第 5 図)。同時に原発立地県
である青森県においても各市町村からの依頼によって職
員研修に講師として呼ばれ,放射線の基礎知識の普及に
努めている。その際,基本的に看護師の資格を持った教
員も同行し,必要に応じて健康相談を開催している。ま
た,講演前後では放射線の知識に関するアンケート調査
を実施することで参加者の理解度を,自由記載によって
ニーズを把握するように心がけている。たとえば,浪江
町民を対象に行った放射線の基礎知識に関する勉強会
(開催地 : つくば市,参加者:20 代から 80 代の教育職,
専業主婦など計 30 名程度(男女およそ同数))でのアン
ケートでは,『放射線・放射能・放射性物質』について,
およそ 7 割の参加者が「よく理解できた,もしくは理解
できた」という回答であった。また,『被ばくを低減す
る方法』,『環境への影響』,『人体への影響』,『年齢によ
る感受性』についても,それぞれ半数以上の参加者が「よ
く理解できた,もしくは理解できた」という回答であっ
た。『自由記述』については,「大変重要でもっと多くの
人に聞いてもらいたい」,「怖さから少し解放された気持
ち」「あまり神経質にならないように生活していきたい」
といっ

たコメントがあった。このように,これら勉強会
などの開催は住民の放射線被ばくに対する不安解消や理
解の促進につながっている。今後も継続的に講師などの
派遣を行うこととしている。
また,平成 25 年度の浪江町役場の全職員(155 名)
を対象とした「放射線の基礎知識に関する勉強会」での
アンケートでは,日常生活において放射線に対し不安や
疑問があると答えた方は 4 割であった。内容としては,
「ここにいてよいのか,安心なのか」,「住み続ける上で
健康被害はないのか」といった浪江町での生活をしてい
く上での不安を抱えている様子もうかがえた。しかし,
講演会を通じて新たに知ったことがあるかということを
聞いたところ,あるとした方が 6 割であった。新たに知っ
た内容としては,「世界には自然放射線による被ばく線
量が高いところがあり,そこに住んでいてもがんの発生
率は思っていたより低いことが分かった」「放射性物質
の特徴や影響,年齢により与える影響が異な

ることが分
かった」などといった内容が多くあり,講演会による知
識の普及は放射線に対する不安の軽減につながっている
と思われる。
勉強会とともに開催した健康相談ではストレスチェッ
クシートを配布し,相談者のストレス状況を自己チェッ
クする方法の紹介を行った。また,希望者には血圧測定
や問診などを行い,健康状態を把握するなどの支援を
行った。この時の相談者の人数は少なかったが,このよ
うな支援を継続的に行うことで,何かあった時に相談で
きる環境があるということが,今後も求められる活動で
はないかと思われる。
4. 他部局での支援活動の概要
ここまでは,被ばく医療総合研究所放射線物理学部門
が主として実施している浪江町復興支援活動について述
べた。簡単ではあるが,その他の部局による活動内容を
紹介したい。町の再生・復興支援の一環として,農学生
命科学部では除染植物としてネピアグラスを栽培し,そ
の除染実証試験を 2013 年 5 月より浪江町内の水田にお
いて実施している18)。
町民の安心・安全支援の一環として,保健学研究科で
は保健師の資格を持った教員を中心に健康相談を実施し
たり,理学療法士及び作業療法士の資格を持った教員に
よって健康講話と体操,籐細工などの活動支援を実施し
たりしている。さらに,高齢者に対するリハビリ支援に
ついても検討中である。2013 年 11 月より,放射線科専
門医及び臨床検査専門医の資格を持った教員と看護師の
資格を持った教員のグループによって,避難所における
避難者のストレス評価として尿中ストレスマーカ検査を
実施し,特にストレスの度合いが高い避難者に対しては
看護師による健康相談を実施している。さらに,今年度
からは環境省の受託事業として放射線リスクコミュニ
ケーションに関する事業が始まった。
被ばく医療総合研究所の放射線生物学部門では保健学
研究科の教員や他研究機関の協力を得て,福島第一原発
における 18 名の作業者の血液検査を実施した19)。さら
に , 浪江町民の染色体解析を 2013 年 1 月から 8 月にか
けて実施した。解析結果がまとまり次第,しかるべき報
告があるだろう。被ばく医療総合研究所の放射線化学部
門では,土壌や植物中の放射性核種濃度の評価20),海洋
及び河川へ流出した放射性セシウムや放射性ストロンチ
ウムの環境動態評価,放射性ストロンチウムの迅速分析
手法の検討などを行っている。
さらに,科学的知見の集積を目的として他機関との共
同研究も実施している。放射線生物学部門及び放射線化
学部門は放射線による野生動物への生体影響調査を浪江
町において東北大学と実施している21)。放射線物理学部
門は早稲田大学と浪江町内の森林生態系での放射性セシ
ウムの移行調査22),放射線医学総合研究所と放射性セシ
ウムや放射性ストロンチウムの土壌中での移行に関する
調査23, 24) を実施している。さらに,放射線物理学部門及
び放射線化学部門は,環境科学技術研究所と浪江町の河
川流域試料の核種分析,汚染物質の分布状況,汚染土壌
流出の影響の評価を実施している。
最後に,東日本大震災に伴う福島第一原発事故が発生
して 4 年が経過した。避難者の気持ちを考えると決して
風化させてはならないし,この事故によって得られた教
訓や新たな知見は後世に残していく必要がある。浪江町
民を含め多くの住民は未だ避難を強いられ,いつ帰還で
きるのかですら目途が立っていない。浪江町内主要部で
ある 20 km 圏内の放射性核種による汚染レベルは 20 km
圏外と比べても十分に低い。現在ライフラインの復旧作
業が行われているようであるが,完全に復旧するまでに
はまだ時間がかかるであろう。弘前大学では全学を挙げ
て引き続き浪江町に対する支援を続けていく方針であ
り,浪江町の復旧・復興が福島県全体の活性化につなが
るよう,地道な活動を継続していきたいと考えている。
是非,当学会員の皆様から,できる限り多くの意見を頂
き,今後の活動に反映させていきたいと思う。

謝 辞
復興作業で多忙の中,浪江町役場の関係者の皆様には
われわれの調査研究活動に対し理解頂き,多くの協力を
頂いております。また,遠藤正彦前学長,佐藤敬学長を
初めとし,弘前大学の関係者各位の助力及び多くの共同
研究機関の協力によって支援活動が進められておりま
す。記して感謝の意を表します。

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記録

テーマ : 「原発」は本当に必要なのか
ジャンル : 政治・経済

初期被曝線量推定 その2 「わずか数時間で「通報基準」の7倍!100倍を超えた作業員も!」

わずか数時間で「通報基準」の7倍!100倍を超えた作業員も! 「封印された内部被曝」福島第一原発衝撃の実態
これは途中で切れるので、311初期の頃の記事がこちらに↓

その1
その2
その3
その4

以上をまとめると、

避難作業員被曝量2

地震で必要がなくなった作業員に「家に帰れ」と命令が出た。4号機にいた人やそれぞれだろうが、特に浪江の実家に帰還した作業員は原発での吸い込みもさることながら、浪江での内部被曝が大だろう。

これにより、各地の一般人と同じ被ばく線量が確定される。
測定日が4月6日とか、別の情報によると、5月半ばの測定で(測定はなく推定の外部内部被曝9ミリ)とかもあるが、
ヨウ素半減期を遡り、おおよそ倍にしたらいいとおもう。


東電内測定で最高が638ミリらしい
避難作業員被曝量



ところが低く操作されてもいた
避難作業員被曝量3


帰還政策も情報が隠蔽されていた
避難解除4


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最後にはまとめるが、まずは韓国取材陣福島148ミリ、東京103ミリに追加で、
浪江100ミリ(減衰補正で2倍なら200ミリ)プラス外部被曝10ミリ=110ミリ~200ミリ
南相馬7ミリ(減衰補正で2倍なら15ミリ)プラス外部被曝5ミリ=12ミリ~20ミリ



まだある

確定確証はつづく

テーマ : 「原発」は本当に必要なのか
ジャンル : 政治・経済

7年目の真実と風評 「3号機が水素爆発してピンク色のキノコ雲」「トモダチ作戦」の悲劇

トモダチ
トモダチ2
トモダチ4
トモダチ5
トモダチ3
トモダチ6
トモダチ8
トモダチ7
トモダチ10

東電を訴えた米兵はどれほど被ばくしたのか?同行記者の視点 「トモダチ作戦」の悲劇
引用 2017年9月13日 11時0分 現代ビジネス

総額50億ドルを求める裁判
2011年3月に起きた福島第1原子力発電所の大規模事故。発生直後から米軍は被災現場に駆けつけて災害救援活動「トモダチ作戦」を展開、日本国民の多くから「素晴らしい友情をみせてくれた」と高く評価された。

ところが、放射能汚染を出した凄惨な事故であっただけに、ことは「友情」のひと言では済まなかった。2012年から、トモダチ作戦に従事した多数の米兵やその家族が、被ばくによる損害賠償を求めて東京電力を提訴しはじめたのだ。

2017年8月18日、新たな訴訟が明らかになった。当時同作戦に参加して被ばくしたという157人が、カリフォルニア州南部地区の連邦裁判所に、今後の治療費や検診などに充てるための基金設立費用と損害賠償費として50億ドルを求めて提訴した。

Photo by iStock

今回の原告は、2013年に同様の訴えを起こしている239人の裁判と、今後、併合する可能性があるとも言われている。福島原発事故から6年以上が経った今も、トモダチ作戦の”後始末”が続いている、ということだ。

筆者は2011年3月、震災直後に米軍に従軍して現場に入っている。実はそこでは、驚くほど神経質に放射線量をチェックする米軍の姿を目の当たりにした。そんなこともあって、米兵たちが被ばくしたとして東京電力を訴えたニュースには正直驚かされた。

彼らの訴えを否定するものではないが、当時の米軍がどのように、事故直後の混乱の中で目に見えない放射線と対峙していたのか。同じ現場にいた筆者の視点から、今一度振り返ってみたい。

これでもか、というぐらいに
原発事故から5日後の3月16日、横田基地から軍用機DC-130で飛び立った筆者は、アメリカ軍第3海兵遠征軍のHAST(人道支援調査チーム)の第1陣、11人と一緒に被災地へと向かった。在日米軍の関係者を通して米軍が被災地に入ることを耳にし、従軍取材を打診、許可が出たのである。

本来なら前日に現地に降り立つ予定が、天候不良で中止され、著者も1日待機を余儀なくされた。沖縄の米軍基地から集められたHASTの任務は、とにかくまず東北の現場に入り、被災者へ水や食料などの必要物資を提供するとともに、トモダチ作戦の一環として米軍が日本のために何ができるのかを調査・報告することだった。

宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地に降り立ったわれわれは、寸断された道をかなりの時間をかけながら迂回して、まず岩手県陸前高田市や宮城県気仙沼市を中心に夜中まで被災者の元を回った。

作戦本部を設置する準備が進んでいた陸上自衛隊の仙台駐屯地は、宿泊先にもなっており、別の米兵たちもどんどん集まっていた。その中には放射線量を測定する専門の隊員たちの姿があった。

彼らは、海兵隊所属のCBRN(Chemical=化学、Biological=生物、Radiological=放射線、Nuclear=核)を専門とする兵站部隊だ。隊員たちは2人1組で、被災地などを回る米兵たちの行く先々に同行し、放射線量を測る。

担当兵士が使っていたのは、アルファ線からベータ線、ガンマ線、X線などを検知できる「PDF-77」というラディアックメーター(放射線量計)や、放射性核種を探知する「identiFINDER」という機器だった。

仙台の駐屯地でも、線量計を手に敷地の内外を数時間おきに回り、ずっと放射線量の測定・記録が続けられた。雪が降る中、メンバー交代をしながら朝も夜も関係なく定点観測が続けられていた。そしてそれらのデータは作戦本部で集約されていた。

Photo by iStock

とにかくしつこいくらいに
その徹底した放射線量への警戒ぶりは、米兵らが移動などで利用し始めた山形空港に隣接する神町駐屯地飛行場でも変わらなかった。被災地を上空から回ったり、米兵や機材を現地に次々に運ぶ米軍用機も、空港に到着するとすぐに兵士らが機体に近づいて念入りに機体の線量をチェックする。

われわれが現地入りした数日後には、東北地域に放射線対策を専門とするチームも到着し、とにかくしつこいくらいに線量チェックを実施していた。

米軍は原発事故直後に原発から80キロ圏内への立ち入りを禁じたため、著者が従軍している間に、原発事故によって指定された屋内避難地域や退避地域など放射線量が高い地域に入ることはなかった。

とにかく活動は常に線量をモニターしながら行われ、行動を共にしていた海兵隊広報担当のニコラウス・アイゼンバイザー中尉は、「放射線量の測定値に問題があれば直ちに部隊は撤収しなければいけない」と話していたことを記憶している。

客観的にみても、現地での米軍の対応は冷静だった。少し余談になるが、むしろ冷静さを失っていたのは、メディアの一群だった。

事故後直ちに東北に入り、福島原発事故を報じていた米テレビ局CNNのスター記者のアンダーソン・クーパーも、中継で、「風向きはどうなっている」「ここから福島原発までは何キロだ?」と取り乱す様子が放映されて話題になった。

また筆者以外にもう1人、米有力紙の米国人記者がHASTに従軍していたが、この記者は現地に入って2日目に突然逃亡。民間機で一刻も早く大阪に逃げるために東北の空港に向かっていたことが後に判明したが、私たちに「仙台にいる部隊には被ばくの兆候はない」と何度も述べていた記者担当のアイゼンバイザー中尉がパニックになったのは言うまでもない。彼は後にこの件で始末書を書かされたと聞いた。

とにかく、著者は淡々と放射線量を調べてモニターしていた米軍の姿を目の当たりにしていただけに、米兵らが東京電力を訴えたというニュースは意外だと思ったのだ。あれだけのチェックを実施し、それで問題ないと彼らが判断したからこそのオペレーションだったはずなのだが…。

「証拠はない」との調査結果もある
81ページに及ぶ訴状によれば、今回、カリフォルニア州南部地区の連邦裁判所へ訴えた原告団は、主に3月11日の直後にトモダチ作戦のために福島県の沖合洋上にいた原子力空母ロナルド・レーガンに乗船していた海軍兵たちだ。

原告らは被ばくによって「白血病や潰瘍、胆嚢除去、脳の癌や脳腫瘍、睾丸癌、機能不全性子宮出血、甲状腺疾患、胃腸障害、出生異常、死」などの影響が出ていると主張している。

原告団は、米軍の責任は問うていない。米軍のこれ以上ないぐらいの放射線対策を知っていればそれも当然だと言える。事実、福島原発の北東160キロにいたロナルド・レーガンに乗船し取材をしていた知人の米国人記者は、当時、空母でも松島同様に常に放射線のチェックが行われていたと話していた。

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米軍は3月14日に、ロナルド・レーガンが航行する地域の空気中に低レベルの放射線を検知し、直ちに位置を変えたが、後の米議会の調査でも、当時のジョナサン・ウッドソン衛生問題担当国防次官補が、「被ばくのレベルはかなり微量」とし、「被ばくで病気になったとする客観的証拠はない」との調査結果を出している。

悲劇で終わるのか
原告団の主張は、東京電力が事故について正確な情報を教えなかったために被ばくした、ということだ。

訴状によれば、事故前から東電は事故対策を怠ってきたと指摘し、さらに事故直後、当時の菅直人首相が述べた、メルトダウンが起きたのは東電の言う12日ではなく、事故から5時間後だったという発言に照らし、東電がその事実を直ちに公表しなかったために自分たちは被ばくしてしまったと主張している。

また海に流れ出た汚染水からもロナルド・レーガンが放射能汚染を受けたという(ちなみに訴状には細かな被ばく量などは記載されていない)。

原告たちが訴えるようながんなどの重篤な病気が、福島県周辺でも増えているという報告は聞かない。ゆえにその主張に疑問を覚える人がいても不思議ではない。

少なくとも、ここまで見てきた通り、米軍関係者が原発周辺の陸上にいた人たちよりも深刻な被ばくをしたというのは考え難いのではないか。

Photo by iStock

もっと言えば、当時ロナルド・レーガンでは5000人ほどがトモダチ作戦に従事しているが、数年で重病なるほどの被ばくが起きていたなら、原告団以外の米兵にも健康被害が出ているはずだろう。

筆者は当時、福島原発事故が発生した瞬間からしばらく第1原発やその周辺を離れずに事故対策に追われた作業員ら何人もインタビューをしているが、その中に、その後深刻な病気を患ったという人はいない(あくまで現状で、だが)。

事故直後、普通の作業着で原発のすぐそばで電源復旧工事に駆り出され、3号機が水素爆発してピンク色のキノコ雲が立ち上るのを目の前で見たエンジニアもいるが、彼も今のところ、重篤な病気になることなく暮らしている。

もちろん、原告らの病気とトモダチ作戦の因果関係がどこまで証明できるのかは分からないが、それを検証するには相当時間が必要になるだろう。多くの海軍兵らや家族による東京電力への訴訟は、先の長い戦いになりそうだ。

そのためにも、筆者はここで当時の米軍が極めて綿密な(言い方を変えれば、神経質なほどの)線量チェックを行っていたという事実を明かしておきたい。

5年以上にわたり続くトモダチ作戦の後始末。同盟国から差し出された”援助の手”という美談が、訴訟によって悲劇になってしまうのかどうか、この問題の終着点を見届けたい。

現代ビジネス
外部サイト

平壌に行って「金正恩委員長万歳!」と叫んだ2人の元大物国会議員
絶対儲かるといわれたアパートローン「私はこうして破産した」
米朝衝突「その時」日本はここが狙われる
「トモダチ作戦」をもっと詳しく

「トモダチ作戦」に従事した米居住の157人 東京電力を提訴
福島復興を担当していた民進党職員が甲状腺がんを発症 関係者に衝撃
小泉純一郎元首相 「トモダチ作戦」に従事した米軍の健康被害に涙で訴え

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かなり調査中だ、なぜなら密閉空間5000人被曝死9人 0.2%という事実が出てきたからだ
特に、頑強な若い人20~30代というところもゴフマンの言う被曝時年齢も関係してくる
陸側は分散集団人口 山あり谷ありビルあり遮蔽あり年寄りも多しなので、目立ちにくい

米国「ディスカバリー制度」で被告東電から情報データを請求できる
原告側弁護人「これは日本の人にも有益になるはずだ」

ゴフマンがいれば原告側証人になるはずだが、無念

初期被曝が解明されると言うよりも、それは当然なのだが、公開されるというところが推進派の最後になる終わりの日を迎える

出てくるデータに要注目




テーマ : 「原発」は本当に必要なのか
ジャンル : 政治・経済

10/8「9人も死んでしまった… トモダチ作戦で頑張ってくれた若き米兵らが原発事故の放射能で被曝し健康を害したとして400人

非戦闘地域2

非戦闘地域




昨夜あった最新情報

NNNドキュメント’17「放射能とトモダチ作戦」... 投稿者 YKami

金属の味 鼻血下血
海水変換飲料汚染水 飲み水食べ物シャワーで浴びる
「シャワーを浴びていたら、艦長が水を飲むなシャワーを浴びるなと艦内アナウンス」だと

原発爆発ばかりでなくベントが大きな原因か
おお、人為的ベントは東電の直接加害はたまた官邸の責任も問われる
菅総理もだ

「まだベントしないのか?こら吉田」と言っていた連中はレーガンのことには、知っているくせに知らなかったなのか
おおきな問題だが、日米政府推進派とも隠蔽

反省と検証がほったらかしの民主党幹部連中が立憲民主党に集まったので、これは一網打尽のあべ希望おおいなる戦略のひとつかもしれん

調子よく細野は逃げたが



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新潟県の絵は甘すぎる 「放射性物質拡散シミュレーション結果」

新潟県「放射性物質拡散シミュレーション結果」
引用
短期被曝2

現実は

短期被曝


だからこっちを

短期被曝3


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岐阜県の放射性物質拡散シミュレーションが教えてくれた福島事故の被ばく線量の真実

換算係数による素晴らしいまとめがあった。これを自ら作ろうと思っていた矢先の幸運だった、感謝だ!

被ばく線量

放射性物質拡散想定図作成業務 報告書 平成 24 年 9 月 岐阜県

5年前の情報だが、誰もが地元の原発の拡散シミュレーションに目を奪われてこの重要さに気が付いていなかった、哀れだ!
だいたいが、風向きひとつで変わるのだから話半分で予測地図を見ていればいい、台風とは違う。

若狭湾敦賀原発をターゲットに岐阜県が計算していたが、放出核種を福島事故の31核種(保安院)として選びその実効線量まで計算していた。

短期被曝


放射性雲中の放射性物質を吸入することによる甲状腺等価線量
吸入

放射性雲中の放射性物質による外部被ばく線量 (クラウドシャイン)
地表に沈着した放射性物質からの外部被ばく線量 (グランドシャイン)
外部

放射性プルーム吸入による内部被曝
放射性プルームから出るγ外部被曝をサブマージョンとして
沈着した地表から出るγ外部被曝

キセノン133も計算に入っている(ここで、キセノンは溶け込まないが、肺の中からガンマ線が出るはずなのだが、その線量は確かに少ないのだが、なにせ量がチェルノブイリの2倍以上なのでキセノン肺内部外出線量とでもして計算に入れるべきだろう、ここでは含まれていないが)


沈着した地表から出るγ外部被曝
長期被曝

グランドシャイン


以上を分析することにより、「見捨てられた初期被曝」がよみがえる。

まず簡単にわかることが、プルーム後の地表汚染のグランドシャイン

「セシウム134半減期2年だから、まずは2年は避難だ!!!!!!!!」が正しかった。

途中から「エートス」などが出てくるわ、早野デマも増えて、安倍オリンピック線量詐欺も出たので、倍倍の8年説となってしまったが。
テルル、ヨウ素、バリウム、アンチモンなども短半減期ながら被曝割合が高かったので、「2年は避難だ」はさらに正しかった。


大気放出31核種放出量の仮定だったので、陸側にいくら来たのかを推定が必要だが、詳しい解析が待たれる台風18号の過ぎ去りし19日の風鈴鳴る午後の昼下がりの感想だった。

IMG_20170917_154042.jpg






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空間線量から甲状腺等価線量推定

空間線量から甲状腺等価線量推定 1
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8974688/www.nsr.go.jp/archive/nsc/jikeiretsu_kanri/jikeiretsu_18/10.pdf
引用
空間線量から等価線量1
空間線量から等価線量2
空間線量から等価線量3
空間線量から等価線量4
空間線量から等価線量5
空間線量から等価線量6


北茨城市1歳児甲状腺等価線量推定値は、約210mSvとなった!
(最大16マイクロ プルーム南への波状 ヨウ素濃度は核燃サイクル研の揮発性粒子性濃度)


結果
② 平成26年度の精密検査の結果、3名が甲状腺がんと診断されたこと
③ この甲状腺がんの原因については、放射線の影響は考えにくいこと
平成27年8月25日北茨城市甲状腺超音波検査事業の実施結果
要精密検査(B・C判定)となった方には、職員が個別訪問し、精密検査についての説明を行いました
今後、2回目の検査を実施予定。実施時期は医師や専門家の意見も踏まえて検討します

引用
北茨城市

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以上より、超簡易計算推定をしてみた、とりあえず茨城の線量グラフに合わせると、

茨城23年度年報

いばらき3


南向きプルームのヨウ素濃度からの推定をこのまま静岡まで延ばして1直線、1歳児甲状腺等価線量推定線ができるだろう。
正確にエクセルにデータを打ち込んで、空間線量とヨウ素濃度をその都度入れたらより確からしさも出るが、空間線量自体も誤差が大きいので確証まではいかなくても、結果の甲状腺ガン増加が出てくるのでおおよその目途にはなると思う。

2011年爆発時から懸念している。なんとか数値化に辿りついた



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「事故直後の5月,寮に住む一人の女子学生が心不全で突然死しました」意見陳述書

原告団関係資料 裁判関係資料 「原発なくそう!九州玄海訴訟」会報 風船プロジェクト
裁判関係資料

意見陳述書(鴨下祐也さん)【236KB】
引用
意見陳述書
2016(平成28)年3月18日
佐賀地方裁判所 民事部 合議2係 御中
原 告 鴨 下 祐 也
1 はじめに
私は,2011年3月11日,福島県いわき市で妻,息子2人の家族4人で暮
らしていました。私は東京理科大学大学院を卒業後,福島高専に15年間勤務し
ました。事故前は,生徒4人と野菜の水耕栽培で「美味しい野菜の作り方」の研
究,実用化に取り組んでいました。私は,大学時代,微生物の研究に没頭し,D
NAを調べる実験で放射性物質を扱っていました。管理区域に指定された実験室
内で線量計を付け,遮蔽板を挟んで実験していました。私の先輩の話ですが,先
輩がトイレに行くため実験室を出ようとすると,センサーが反応し外に出られな
いことがありました。汚染した手を何度洗ってもセンサーが反応し,トイレに行
けず,最後には,汚染していない学生の手をセンサーにかざしロックを解除しト
イレに駆け込んだことがありました。転じて,いまの福島の汚染状況を考えると,
管理された実験室内の方が安全と感じます。福島と実験室とを比べても,実験室
内の方が厳重に管理されている状況です。

2 原発の危険性を意識し始めたきっかけ
私は,大学時代から実験を通じて放射性物質の危険性を意識し,その危険性が
原発と結びついたのはチェルノブイリの事故が起きた時でした。その後,日本で
中越沖地震が起き,柏崎刈羽原発が設計を大幅に上回る揺れに襲われつつも,奇
跡的に止まったとの報道に触れ,自分の住んでいる福島県内の10基の原発の稼
働状況を日々意識するようになりました。

3 震災後,事故後の様子
震災の日,中学生らがいわきから約20キロ離れた自宅に歩いて戻ろうとして
いたので,私は彼女らを家まで送ることにしました。主要な道路は,封鎖された
影響でひどく渋滞し,私が自宅に戻ったのは夜の12時でした。車の中ではラジ
オから福島第一原発から3キロ圏内の住民に対し,「放射性物質が漏れてはいない
が,念のため口や鼻を覆って避難するように」と避難指示が出ていました。私は,
福島第一原発は冷却に失敗していると確信し危機感を募らせました。私達家族は,
被ばくを避けるため,その日のうちに妻の実家である横浜に一時避難することを
決めました。翌日,原発は水素爆発を起こし,危険は現実化しました。
その後,私たちは,多くの福島県民が避難する東京の赤坂プリンスホテルに身
を寄せることにしました。その避難所では,避難指示区域内の人を優先的に受け
入れており,後から入った避難指示が出ていない区域の避難者に対し,「いわきは
放射能ねえべ。けえれ(帰れ)。」「いわきは国が大丈夫と言ってんだろ。俺んとこ
は,けえりたくてもけえれねえんだ(帰りたくても帰れないんだ)。」と避難指示
区域内の人から苦しみの声が上がり,避難指示区域外とされた私達に疎外感を感
じさせるものでした。このことは,いまでも私の妻のトラウマとなっています。

4 学校の再開
私は,学校再開のため4月上旬にいわきに戻ることにしました。その頃,高専
には,文科省からの圧力で早期の再開が指示されていました。教員らで汚染,生
徒たちの被ばくについて議論をしましたが,教員約80名中,私を含む約1割が
再開に反対するのみで,多勢に無勢でした。学校はGW明けに再開となりました。
再開後,私は,研究指導生徒4名に対し,水耕栽培の研究を実施するか否か問
うてみました。私は,生徒たちに,たとえ水耕栽培であっても放射性物質を含む
野菜しかできないこと,私は実験を継続しない方がよいと思うことを説明しまし
た。しかし,高専の生徒たちは,人生最後の研究の続行を希望しました。ある農
家の息子である生徒は「自分が作ったものは必ず食べる。捨てたりしない。」と言
い,他の女子生徒3名は,「政府が安全と言っているのであれば,基準値の500
ベクレル以内であれば食べても構わない。」と言いました。
その後,検知器で収穫できた野菜の放射能量(ベクレル)を計測する日々が始
まりました。野菜の放射能量は一桁台で,土で栽培するよりも低い値でした。生
徒達もその野菜を食べ,周囲に配ることもできていました。しかし,事故と同じ
年の12月ころから放射能量が徐々に20,30,40と上がり始めました。こ
の上昇する数値を見た時,水耕栽培でも汚染は防げない現実を突き付けられまし
た。生徒たちは野菜を食べなくなりました。「野菜は捨てない」と言っていた農家
の息子でさえもです。後に,国は,2011年の12月から翌年1月にかけて,
セシウムの降下物の量が増大していることを公表しました。


5 いわきを離れることを決めたきっかけ
事故直後の5月,寮に住む一人の女子学生が心不全で突然死しました。部屋に
行くと女子学生には反応がなく,私は必死に横たわる女子学生に心肺蘇生を施し
ましたが,もう手遅れでした。前日まで元気だった彼女は帰らぬ人となったので
す。また,同じ年の12月,また一人,女子生徒が突然亡くなりました。
私は高専に15年間勤務しましたが生徒の突然死など経験したことがありませ
んでした。5月に亡くなった生徒は実家が浪江町にあり,震災で学校が閉鎖され
た後,実家の浪江町に戻り,放射性物質の流れる方に向かって避難していた一人
でした。もう一人の生徒はホットスポットとなっている郡山に実家がありました。
私は,この二人の女子学生の突然死について,放射性物質の危険性,被ばくの影
響を疑わずにはいられませんでした。
私は,妻と子どもたちが避難している東京といわきを往復する生活に,体力的
な限界を,放射性物質の拡散を止められず,放射性物質が至る所に浮遊している
福島での生活への不安,家族と一緒に暮らせない毎日に精神的にも限界を感じ,
いわきを離れることにしました。



6 脱原発に取り組む思い
今,私は東京で避難生活を送っています。政府は,福島県知事に圧力をかけ避
難住宅の提供を2017年3月で打ち切ると決めました。政府の帰還政策を容認
せざるを得ない状況を作り出し,挙句の果てには「福島県民にいま必要なのは心
の除染」と宣伝しています。
私が,事故後,脱原発に取り組んできたのは,低線量被曝の危険性を認識し,
実感したからです。私は,事故後5年間,放射線被ばくに関して知識を深めてき
ました。そこで得た確信は低線量被曝の危険性が確実にあるということです。
一方,政府は,低線量被曝の危険性や放射能の影響について正確な情報を国民
に流さず,むしろ電力会社やマスコミも一緒になって情報を巧みに隠蔽していま
す。私の妻のトラウマとなった区域内避難者からの言葉は,被ばくの危険性に関
する情報の不足,隠蔽がもたらすものです。人間の命,特に子ども達の命に影響
を及ぼすことがわかっているにもかかわらず,専門的な知識もない市民,母親た
ちに被ばくのリスクを決定させています。この政府の無責任さに対して,私は憤
っています。今の福島は安心して帰れる場所ではありません。「福島県民に必要な
のは心の除染」などといわば洗脳のような,非合理的なことでこの問題を収束さ
せてはなりません。未曽有の原発事故を経験した私達は,原発の危険性について,
正確な理解を深め,合理的な判断をする必要があります。その判断のためには,
原発や放射性物質の危険性に関する正確な理解が必要です。さらには,チェルノ
ブイリでもそうであったように,福島原発で生じた被害の実態,福島県民同士が
分断される実態,福島の人々がふるさとを失い,コミュニティが破壊されるとい
う原発事故に特有かつ不可避の被害の実態を正確に理解する必要があります。私
は,福島第一原発事故の被害者として,二度とあのような事故を起こさないよう
にすること,玄海原発を含む全国の原発が止まり,原発を廃炉にすることが,こ
の事故を体験した私の,そして日本の大人たちの使命であると同時に,事実を探
求する裁判所の使命です。
国も行政も地方自治さえも,不都合なことに目を背けようとするとき,それを
正しい方向へ導き直す。その裁判所の使命を全うしてください。
以上

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事故直後の5月,寮に住む一人の女子学生が心不全で突然死

実家が浪江町にあり,震災で学校が閉鎖された後,実家の浪江町に戻り,放射性物質の流れる方に向かって避難していた一人
でした


同じ年の12月,また一人,女子生徒が突然亡くなりました
ホットスポットとなっている郡山に実家がありました

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前記事と繋がっている!!!

次ですべてが繋がる解明記事となる






テーマ : 「原発」は本当に必要なのか
ジャンル : 政治・経済

セシウムボール地獄玉粒子 「謎の放射性粒子を追え!」 肺のベータ線被ばく

この女はさっきから「ふ~ん」「ふ~ん」ばかり言っている場合じゃない
ぷんぷん
1000万倍16


被曝影響
1000万倍17

プルトニウムの場合 長崎の死の灰
1000万倍18

ウランの場合 広島の死の灰
黒い雨の肺がんのウランの飛跡
1000万倍19

水溶性セシウムボール=地獄玉
肺でも胃腸でも生物的半減期で溶けて流れて便や尿から脱水汚泥へと
非水溶性セシウムボール=地獄玉
胃腸では転がり出て大便から便器便槽 脱水汚泥にまでいくかはわからない
肺では、とどまる

1000万倍20

水に溶けないセシウムボール地獄玉の被ばくは、約200倍水溶性に対して大きくなる
1000万倍21

セシウムボール地獄玉粒子1個の肺被曝
1000万倍22

そんなものがWBCで測れるわけないだろ 肉体の自己遮蔽で
森口さんも言わされているのだろうNHKに

1000万倍23

ベータ線による肺のベータ線熱傷かたまり
1000万倍24

人の細胞で実験
1000万倍25

出ました我らがヒーロー 待ってましたぞICRP
1000万倍26

さすがアンスケ 煮えきらん奴だ
1000万倍27


最後になってなかなかいいこと聞くじゃないか
「いまでもセシウムボールは飛んでいますか?」

1000万倍16

森口さん(「お気をつけて」 オレの意訳だが)
1000万倍28






広島長崎の臓器細胞のウランプルトニウム放射線から察するに、3/14~15の非水溶性放射性物質が肺に残っている可能性が多いに心配される

何個なのか?の推定も必要だが、乾性沈着の15日と湿性沈着の21日とで大いなる違いがあった


これは決して忘れてはいけないことだろう


*再確認の意味でも画像多量アップした7年目だ


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放射能はいらない
『推進派はいつも自然も人工も放射線は同じだと言う、【成る程その通りだ。 しかし、問題は放射線ではなく、人工放射性核種は濃縮する事にあったのだ】 』
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おれは、たぬきおやじじゃない 九州男児だ(大分県大分市)

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