切らずに治すは、春ウコン

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切らない選択をした麻央さん 「できれば3人目」という思い
引用 6/29(木) 7:00配信 女性セブン

 乳がんのために亡くなった小林麻央さん(享年34)が、自身の体に初めて異常信号を感じたのは、2014年2月のことだった。夫・市川海老蔵(39才)と人間ドックを受けた麻央さんの左胸に腫瘤が見つかった。

 麻央さんのがん闘病の最初のターニングポイントはここだった。そのとき、まだ生後11か月の長男・勸玄くんを、麻央さんは母乳で育てていた。

「授乳期にはおっぱいが張るのは普通のことですし、麻央さんは乳腺の状態をよくするために週1で母乳マッサージにも通っていた。おっぱいには人一倍気を使っていたんです。知人の専門医からも、授乳期のしこりでいちいち乳がんを心配する必要はないと言われたことで、安心しきっていた部分もあったようです」(梨園関係者)

 実際、触診と超音波、マンモグラフィーの再検査を受けたが、結果は「がんを疑うようなものではない」。医師からは「授乳中のしこりですし、心配いらないですよ」と安堵の言葉をかけられた。そのとき、細胞の一部を切り取って調べる「生検」は行われなかったという。もし生検を行っても、がんだと判明したかは、今となっては確認する術はない。だが、麻央さんはブログに次のように綴っていた。

《あのとき、もっと自分の身体を大切にすればよかった
あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった
あのとき、信じなければよかった》(2016年9月4日)

 それから8か月後の2014年10月、左の乳房にパチンコ玉のようなしこりを見つけた。梨園の妻として海老蔵を支えながら2人の子育てに忙殺されていた麻央さん。気づけば「念のために再検査を受けるように」と言われていた夏を大きく過ぎていた。

 下された診断は、乳がん。同時にリンパ節への転移も確認された。ここから、麻央さんのがん治療の日々が始まる。

「現代医学のセオリーでは、乳がんが見つかった場合、状況に応じて外科手術や抗がん剤投与などの化学療法、放射線治療などが施されます。手術には乳房全体を摘出する『全摘出』と、患部のみ切除して乳房を温存する『部分切除』があり、患部の場所やがんの進行具合に応じて判断します」(医療関係者)

◆治療方針は示されたが…

 乳がん治療に詳しいベルーガクリニック院長の富永祐司氏(乳腺外科)は次のように解説する。

「麻央さんの場合、乳がんとリンパ節への転移が認められたそうですが、その段階で手術して切除するというのが一般的な治療だと思います。並行して抗がん剤治療やホルモン療法は必要になりますが、充分寛解の可能性はあったのではないでしょうか」

 実際、その時点で麻央さんが通っていた都内のA総合病院でも「早めに切るべき」という治療方針が示されたという。

「ですが、麻央さんと海老蔵さんは“切らないで治す”方法を模索していたそうです。女性にとって、乳房にメスを入れることには大きな抵抗があります。ただ、それは病院の方針とは食い違うものでした。結局、しばらくして麻央さんは別の総合病院に移ることになりました」(A病院関係者)

 なぜ、麻央さんは切らないことにこだわったのか。その理由の一端は、麻央さんのブログに垣間見える。

《「子供は2人いますので、3人目は考えていません」と何の強がりなのか言ってしまったが、私は、ふたり姉妹で育ってきたので、麗禾に妹ができたらな、とか勸玄にも分かり合える弟ができたらな、と思ってきた気持ちは、高望みだと一気にかき消した》(2016年9月21日)

 前出の梨園関係者が明かす。

「(小林)麻耶さんとの仲良し姉妹で知られる麻央さんとしては、麗禾ちゃんに妹ができれば幸せだったし、男の兄弟がいなかった海老蔵さんは勸玄くんに弟ができることを夢見ていたそうです。麻央さんには“できれば3人目を…”という思いがあり、なかなか手術に踏み切れなかったというのもあったのでしょう」

 一般的に、乳がんの切除と前後して抗がん剤の投与が行われるが、薬の影響で、排卵機能が停止し、そのまま機能が戻らないこともある。また、術後に行われることの多いホルモン療法も、その後の妊娠への影響が懸念される。多くの妊娠を望む女性と同様に、麻央さんにとっても、それが大きな判断基準の1つだったのかもしれない。

※女性セブン2017年7月13日号

イエローうこん



ガンは癌にあらず
引用

【発明の名称】 末期癌等治療用医薬組成物

【発明者】
 【氏名】松井 良業
 【氏名】粕渕 辰昭

【課題】
 癌、特に末期癌、糖尿病、うつ病、歯槽膿漏、歯周 病、蓄膿症、慢性的喀痰症、類天疱瘡、風邪、ヘルペス、インフルエンザ、C型肝炎、MRSA感染症、シェーグレン症候群、帯状疱疹、網膜症(糖尿病性の場 合を含む)、緑内障、ドライアイ、関節炎、ヘパーデン結節、花粉症、喘息、卵巣膿症、または高血圧症を含む免疫系が非自己と認識する疾患を治療できる医薬 組成物を提供すること。また、これらの疾患を同時並行的に治療できる医薬組成物を提供すること。

--

【実施例4】
【0030】
末期肝臓癌
内科医師(専門は肝臓)のG氏(59歳、体重60Kg)は、59歳の年の秋ごろから背中に多少の痛みがあり、12月中旬に青森県H大付属病院で検査を受け た結果、末期の肝臓癌と診断された。診断結果が自分の専門分野の疾患だったので、G氏の兄の内科医(専門は胃腸科)との間には交わす言葉もないほど衝撃は 大きかったと言う。中規模の個人病院の院長として内科全般を診ながら、専門の肝臓には注意をしていたが、肝硬変もなかったところへの全く予想もできなかっ た末期肝臓癌の診断であった。

残された時間も少なく治療手段はないと聞き、1日当たり生の春ウコン30gを3回に分けて服用するように兄を通じて勧めた。G氏は、勧めにしたがって59 歳のときの1月7日から上記のように生の春ウコンの摂取を始め、3月末日には治癒したと診断され、退院できるほどに体調が回復した。G氏にとっては、末期 の肝臓癌からの回復などありえないことであり、春ウコンは兄に言われる通りに飲んではいたが、黄疸症状や背中の痛みから自力で回復できたと思っていたよう である。

本発明者らは退院後も春ウコンの服用を継続するように注意をしたが、G氏は専門医としての常識から、自分は癌ではなく、H大付属病院の末期の肝臓癌という 診断は誤診だったと考えたようである。そのような判断からG氏は退院後に春ウコンの摂取を止めてしまった。一方、退院を喜んだ家族は、毎週のように週末を G氏と一緒に温泉で過ごす生活をしていたが、肝臓癌が再発して退院3ヵ月後の6月18日にG氏は動脈瘤破裂で急逝した。

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真剣に死ぬほど可笑しい、可笑しな話山盛りだが1事例だけピックアップした。

2010年にこれを全文コピーして(まだ本が出版されていなかったと思う、あるいは5000円するので高くて買わなかったかもw)

何部も作って知り合いに「春ウコン粒」と一緒にばら撒いたことを思い出した、それから翌年、311。


残念ながら、「知らぬは、ほとけ」は真実だった。


ここのブログを今日読んだ人は、運がいい。春ウコンをつまみにしながら、福島原発事故ガン死確率のデータになるより、診る側に回れるからだ、甲状腺ガンにも効くはず、それは2011年から言っている。


木下もイエローなのだから飲めばいいのだが、頑固だから無理かもしれんwww


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