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歴史は繰り返す  水俣病の有機水銀説を否定する「田宮委員会」御用学者たち

田宮委員会
(3)日本化学工業協会の田宮委員会
見舞金契約の決着で年を越した昭和35(1960)年以降は、通産省の指導によりチッソ
は表立って有機水銀説に反論を出すことはなくなり、代わって、有機水銀説への反論・
異論を唱える役割は日本化学工業協会(以下「日化協」という。)が担うことになった。
その場として日化協は「田宮委員会」を用意した。
チッソに代わって業界団体が水俣病問題に乗り出してきたことは、有機水銀説すなわ
ち工場原因説による影響がチッソだけでなく国内の他の同種工場へ波及することを懸念
したものと思われる。
昭和34(1959)年9 月には、既に大島日化協理事が爆薬説を主張していた。日化協は、
同年12 月に水俣病問題に関連した排水対策のため、産業排水対策委員会の中に塩化ビニ
ール酢酸特別委員会を設立した。
昭和35(1960)年4 月8 日、日化協は、酢酸特別委員会の付属機関として、田宮猛雄
日本医学会会長を委員長に、錚々たるメンバーを集めて「水俣病研究懇談会」を設けた。
この会は委員長の名を取って「田宮委員会」と呼ばれ、日化協は、これを中立的、科学
的見地からの水俣病への取り組みであると強調した。
[注釈]主なメンバーとしては、顧問に小林芳人東京大学名誉教授(薬理学)、沖中重雄東京
大学医学部教授(内科学)、幹事に勝沼晴雄東京大学医学部教授(公衆衛生学)、委員に山本
正東京大学伝染病研究所教授、斉藤守東京大学医学部助教授(病理学)、大八木義彦東京教
55
育大学教授(分析化学)のほか、同月12 日の第2 回水俣病総合調査研究連絡協議会で「有
毒アミン説」を発表した清浦雷作教授と戸木田菊次東邦大学教授(薬理学)らも加わった。
熊本大学医学部も参加を要請されたが、世良完介医学部長(法医学)はこれを断り、昭和
36(1961)年に医学部長が
くつな・まさちか
忽那将愛教授(解剖学)に代わってから参加するようになった。

http://www.nimd.go.jp/syakai/webversion/pdfversion/houkokushopdf.html

原因についてはさまざまな説があり、いまだ確定していないという委員会の主張がそのままマスコミによって報道され、 有機水銀説を相対化させ、原因は未解決という印象を与えることになった。この点で、日化協の田宮委員会が水俣病の原因究明を後退させた影響は大きく、 新潟における第二水俣病の発生を許す一因にもなったと考えられている。
http://www.supercourse-japan.org/lecture/other/Minamata3/10.html

これは過去に現実に起こったこと、本当にあったことだよ、日本の医学界の代表、学会のトップの東京大学だよ、

みんな全員うそつきなんだよ。マスコミも連動してうそつきだよ。

今起こっている福島原発問題、子供たちの被曝線量の安全安心のうそ発表を、これでもまだあなたは、信じるの?

資金をかき集めて、東京に避難しろ、東電に行って補償金をふんだくれ、金が出来たらさらに遠方に疎開しろ、

それからゆっくり今後の仕事や学校のことをのんびり考えろ、人生は長い慌てることはない、ただ子供の健康にだ

け気をつけろ、まだ子供を作る気なら、自分の健康も注意しろ、私からは以上だ。



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テーマ : 「原発」は本当に必要なのか
ジャンル : 政治・経済

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